もかッ。並んでいっぷくせい」
 右へ二人、左へ三人、行く手を塞いだ四五人に、あっさり揚心流当て身の拳あてて片づけながら道を開いておくと、
「女つづけッ」
 にったり打ち笑みながら、さッと駈け出しました。やらじと、前、横、うしろから藩士の面々が雪崩《なだ》れかかろうとしたとき、――実に以外です。謎の矢場主英膳が、あの重籐の弓構えとって、突如矢場の切り戸わきに仁王立ちとなると、天にもひびけとばかり呼ばわりました。
「者共ッ、きけッきけッ。同志の身が危ういときくからは、われらも素姓知らしてやろうわ。何をかくそう、この英膳も同じその隠密じゃッ。三とせ前からこうして矢場を開き、うぬら初め家中の者共の弓の対手となっていたは、みな御老中の命によって当藩の秘密嗅ぎ出すための計りごとじゃ。――御前! 早乙女の御前! あとは拙者がお引きうけ申したぞッ。あちらを早く! 同志を早く! ――者共ッ、一歩たりともそこ動かば、江戸で少しは人に知られた早矢の英膳が仕止め矢、ひとり残らずうぬらが咽喉輪《のどわ》に飛んで参るぞッ」
 言いつつ、射て放ったはまことに早矢の達人らしく一|箭《せん》! 二箭! 飛んだかと見るまにヒュウヒュウと藩士の身辺におそいかかりました。不意を打たれて紊《みだ》れ立つともなく足並みが紊れ立ったその隙に乗じながら、主水之介はわが意を得たりとばかりに、莞爾《かんじ》としながら女共共一散走り!
 角を曲ると同時に、なるほど目を射ぬいたものは、そこの千種屋の前一帯に群がりたかる捕り方の大群でした。
 街は暗い。
 道も暗い。
 いつしかしっとりと秋の宵が迫って、行く手は彼《か》は誰《た》れ時の夕闇でしたが、しかしその宵闇の中にたばしる剣光を縫いながら、必死とあの宿の若者の力戦奮闘している姿が見えました。――ダッと走り寄って、捕り手の小者達のうしろに颯爽として立ちはだかると、叫んだ声のりりしさ爽やかさ、退屈男の面目、今やまさに躍如たるものがありました。
「宿の若者! 助勢致してつかわすぞッ。――木ッ葉役人、下りませい! 下りませい! 直参旗本早乙女主水之介が将軍家のお手足たる身分柄を以て助勢に参ったのじゃ。わが手は即ち公儀のおん手、要らざる妨げ致すと、五十四郡が五郡四郡に減って行こうぞッ。道あけい!」
 言葉の威嚇もすばらしかったが、胆《たん》の冴え、あの眉間傷の圧倒的な威嚇が物を
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