に申すのでな、下情に通しておくは即ち政道第一の心掛けと、身が館《やかた》でも戯れに申しておるのじゃ。その方はどうじゃな。別してねじ切った奴が所望かな、それとも薄いが所望《しょもう》かな」
「なるほど、いや、お気軽に渡らせられまして、なかなか味あるお言葉にござります。手前は至って濃い茶が好物、では恐れながら、ひとねじりねじ切って頂きとうござります」
「うん左様か左様か、ねじ切った奴が好物とはなかなか話せるぞ、石斎、石斎、丹田に力を入れての、うんときびしくねじ切ってつかわせよ」
 磊落《らいらく》に言いながら、お自らもとろりと見るからに苦そうな一服を楽しみながら用いると、気性に促しました。
「時に、目通りの用向きは何じゃな」
「はっ。実は余の儀でござりませぬ。こん日、島津の太守がここを通行の筈にござりまするが、御前はそのことを御承知に渡らせられましょうか」
「うんうん、それならばよう存じおる、存じおる。修理太夫には久しい前からの貸し分があるのでな、こうして身も先程から待ち構えておるのじゃ」
「いかさま、お貸しの分と申しますると」
「いやなにな、つまりあれじゃ、島津の太守、大禄|喰《は》みながらなかなか勘定高うてな、この十年来、兎角お墨付を蔑《ないがし》ろに致し、ここを通行致す砌《みぎ》りも、身が他行《たぎょう》致しておる隙を狙うとか、乃至は夜ふけになぞこっそりと通りぬけて、なるべく音物《いんもつ》届けずに済むようと、気に入らぬ所業ばかり致すのでな、頂かぬものは即ち貸し分じゃ。いけぬかな」
「いや分りましてござります。重々御尤もな仰せなれば、手前一つお力添え致しまして、十年分ごといち時に献納させてお目にかけましょうが、いかがにござりましょう」
「ほほう、その方が身のために力を貸すと申すか、眼《がん》の配り、向う傷の塩梅、いちだんと胆も据っておりそうじゃ。見事に貸し分取り立てて見するかな」
「御念までもござりませぬ。お墨付を蔑ろに致すは、即ち葵御宗家《あおいごそうけ》を蔑ろに致すも同然、必ずともに御気分の晴れまするよう、御手伝い仕りましょうが、一体いかほどばかりござりましたら?」
「左様喃。何を申すも十年分じゃ、三万両ではちと安いかな」
「いや頃合いにござりましょう。然らば恐れながらお耳を少々――」
「うん、耳か耳か。よいよい、何じゃな……」
「………」
「ふんふん、なるほどな。では、先刻供先の者共、身が容子探りに参ったと申すか。七十三万石にも似合わず、なかなかに細《こま》かいのう。いや、その方の工夫至極と面白そうじゃ。言ううちに行列参るとならぬ。早うせい。早うせい」
 忽ち奇策成ったと見えて、退屈男自らも手伝いながら、釣りをしまって川岸を引きあげると、陣屋の中にすうと姿をかくして、ぴたり真一文字に御門の扉を閉め切りました。
 それと殆んど同時です。供先揃えながら、鳥毛、挟み箱の行列も七十三万石の太守らしく横八文字に道を踏んで、長蛇のごとく練って来たのは待ちに待たれた島津のお道中でした。しかも、先刻容子探りに早駈けさせた両名が先供《さきとも》を承わって、その報告に随い、今日ばかりは素通り出来まいと早くも用意したのか、形ばかりの音物を島台に打ちのせて、静々と練り近づいて来たかと見えたが、居た筈の源七郎君が川岸に見えないのみか、ぴたりと御門までが閉ざされていたのを知ると、まことに言いようのないはしたなさでした。俄かに献上品を片付けさせて、この機と言わぬばかりにあの両名が命令を与えながら、うまうま通りぬけようとしてさッと行列の面々に足を早めさせました。――刹那! 御門のわきのくぐり門が、音もなく開いたかと思うと、片手に何の包みか葵の御定紋染めぬいた物々しげな袱紗包を捧持しながら、威容も颯爽としてぬッと姿を見せたのはわが退屈男です。同時にすさまじい大喝が下りました。
「もぐり大名、行列止めいッ。素通り無礼であろうぞッ」
「なにッ」
「よッ、先程の釣り侍じゃな? 七十三万石の太守に対《むか》って、もぐり大名とは何ごとじゃッ、何事じゃッ、雑言申《ぞうごんもう》さるると素《そ》ッ首《くび》が飛び申すぞッ」
 怒ったのも無理がない。もぐり大名との一言に、あの両名を筆頭にした七八名の供侍達が、ばたばたと駈け戻って気色《けしき》ばみつつ詰め寄ろうとしたのを、
「頭《ず》が高いッ、控えいッ、陪臣共《またものども》が馴れがましゅう致して無礼であろうぞッ。当家御門前を何と心得ておる。まこと大名ならば素通《すどお》り罷《まか》りならぬものを、知らぬ顔をして挨拶も致さず通りぬけるは即ちもぐりの大名じゃッ。その方共は島津の太守の名を騙《かた》る東下《あずまくだ》りの河原者《かわらもの》かッ」
「なにッ、名を騙るとは何事じゃッ、何事じゃッ。よしんば長沢松平家であろうと
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