叱咤《しった》でもするだろうと思いのほかに、その一語をきくや否や、期せずして凄艶《せいえん》な面に上ったのは、にんめりとした不気味この上ない微笑です。
「先ずこれで筋書通りに参ると申すものじゃ。然らばそろそろ篠崎流の軍学用いて、否やなく開門させて見さしょうぞ。駕籠屋!」
 さし招くと、
「ひと儲けさせてとらそう。早う参れ」
 一二丁程向うにいざなって、ちゃりちゃりと山吹色の泣き音をさせながら、裸人足共の手のうちに並べて見せたのは天下通宝の小判が十枚――。
「これだけあれば不足はあるまい。どこぞこのあたりの駕籠宿に参って、至急にこれなる乗物、飛脚駕籠に仕立て直して参れ」
「どうなさるんでござんす」
「ちと胸のすく大芝居を打つのじゃ。ついでに替肩の人足共も三四人狩り出して参れよ。よいか、その方共も遠掛けのように、ねじ鉢巻でも致して参れよッ」
 命じて去ろうとすると、いかなる奇計を用いようというのか、退屈男の口辺に再びのぼったのは不気味な微笑です。――そうして四半刻……。

       七

「どいたッ、どいたッ、早駕籠だッ」
「ほらよッ、邪魔だッ、早駕籠だッ」
 道々に景気のいい掛け声をバラ撒きながら、程たたぬ間に人足達は、早打ち仕立ての一挺を軽々と飛ばして来ると、得意そうに促しました。
「どうでござんす」
「ほほう、替肩を六人も連れて参ったな。いや、結構々々。これならば充分じゃ。では、その方共にも見物させてつかわそうぞ。威勢よく今の門前へ乗りつけて、江戸公儀からの急飛脚じゃ。開門開門とわめき立てい」
「………?」
「大事ない。天下の御直参が申し付くるのじゃ。心配せずと、いずれも一世一代の声をあげて呼び立てい」
「面白れえ。やッつけろ」
 乗るのを待って、さッと肩にすると、掛け声もろとも威勢よく、さき程のあの所司代番所門前に風を切って駈けつけながら、ここぞ一世一代とばかり、口々わめき立てました。
「早打ちだッ、早駕籠だッ」
「江戸お公儀からの早駕籠でごぜえます」
「開門! 開門! 御開門を願いまあす!」
「江戸表からの御用駕籠だッ、お早く! お早く! お早く! 開門を願います!」
「なにッ――」
 声をきいて、慌てふためきつつ物見窓から顔をのぞかせたのは、先刻のあの二人です。
「しかと左様かッ。たしかに江戸お公儀からの急飛脚でござるか」
「たしかも、しかもござんせぬ!
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