しめたものは、疾風迅雷的《しっぷうじんらいてき》に闕所取払《けっしょとりはら》いの処断をつけてしまおうというつもりらしく、すでにもう所司代付きの物々しい一隊が押しかけて、家の周囲にはいかめしく竹矢来を結い廻し、目ぼしい家財道具はどしどしと表に運び出しながら、しきりと右往左往している不埒な端役人《はやくにん》達のその姿でした。元よりそんな言語道断な処置はない。かりにも闕所ところ払いというがごとき、町家にとって最も重い処断をするについては、一応も二応も細密なお白洲吟味《しらすぎんみ》にかけた上で、踏むべき筋道を踏んでから、初めて一切を取りしきるのが御定法《ごじょうほう》の筈です。然るにも拘わらず、珠数屋のお大尽を引ッ立てると殆んど同時のように、かくも身代押えを急いでいるのは、弥太一の言ったごとく、役向き権限を悪用して巧みに財物を私しようとのよからぬ下心であることが、すでにその一事だけで一目瞭然でしたから、退屈男の江戸魂は勃然として義憤に燃え立ちました。
のっそりと駕籠から降りて、折からの宵闇を幸い、そこの小蔭に佇みながら見守っていると、それとも知らずにあちらへ命じ、こちらの小者達に命じながら、しきりに采配振っているのは、先刻、お大尽を繩にしてこれ見よがしに引き揚げていった四人のうちの二人です。しかも、その采配振りが実に不埒《ふらち》でした。金にならないような安家財はこれを所司代詰所に送り、めぼしい品は、数多くの千両箱と共に、どこへ送ろうというのか、その行く先を心得ているらしい小者達に命じて、どんどんと違った道を違った方向に運ばせているのです。無論、かくのごとき言語道断な処分の仕方というものは、あろう筈がない。公儀定むるところの掟《おきて》に従って、家財没収身代丸押えの処断をするなら、金目安物、ガラクタめぼしい品と、その財物をふた色に選り分けて、ふた所に運ぶという法はないのです。あきらかにその一事もまた、私財横領のよかならぬ悪計を察するに充分な行動でしたから、無数と言ってもいい程の千両箱を行列つくって担《にな》わせながら、しすましたりというように引き揚げようとしていた二人の前にずいと立ちふさがると、退屈男は黙ってバラリ編笠をはねのけました。
「よッ――」
「………」
「さッきの奴じゃな! 行く手をふさいで何用があるのじゃ! 何の用があってつけて来たのじゃ!」
ぎょッと
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