に往来を見すかしているのです。不安げに、うれわしそうに、そして合点の行かぬもののように、じっと見守っていましたが、不意にそのとき、何におどろいたものか、あッ、と小さく叫びながら慌てて面を袖でおおうと、よろめくように打ち倒れました。
「何じゃ! いかがいたした?」
 いぶかりながら歩みよって、窓べりからのぞいて見ると、意外です。さらに意外でした。今のさき雑言交《ぞうごんまじ》りの啖呵《たんか》をのこして一行と引揚げていったばかりのあの弥太一が、朱《あけ》に染まって呻き声をあげながら、ほんのそこの往来先にのけぞっているのでした。しかも、斬った対手は、同じ仲間と思われたあの四人の中のひとりなのです。そのいち人が血刀をぬぐいながら、はやてのような早さで、さッと闇の向うに逃げ走って行きました。
「ほほう。これはまた、ちと急に雲行が変ったようじゃな。面白い! 面白い! 京というところは、ずんと面白いぞ」
 声も冴えやかに、のっしのっしと降りて行くと、名代自慢の疵痕を、まばたく灯影に美しく浮き出させながら、人集《ひとだか》りを押しわけて、新らしく降って湧いた秘密と謎とを包みながら呻き倒れている弥太一のかたわらに、ずいと近よりました。

       五

 ――疵は、逃げようとしたところをでも追い斬りに斬り下げられたらしく、右肩から左へ斜《はす》にうしろ袈裟《げさ》が一太刀です。しかし、斬った方でも余程慌てていたと見えて、危うくも急所をはずれていたのは、せめてもの幸運でした。
「ほほう、手当を急がば助からぬものでもないな。よしよし。――見世物ではない。退《ど》こうぞ。退こうぞ」
 物見高く囲りに集《たか》って、なすところもなくわいわいと打ち騒いでいる群衆を押しのけながら、退屈男はのっそりと露払いの弥太一といった、その若者の傍らに歩みよりました。
「ち、畜生ッ、うぬまでも来やがったかッ。後生だッ。後生だッ、もう勘弁してくれッ、この上斬るのは勘弁してくれッ。さっきヘゲタレと言ったのは、おれが悪かった。か、勘弁してくれッ。この上|弄《なぶ》り斬りするのは勘弁してくれッ」
 それを弥太一が思いすごして、敵意あってのことと取ったらしく、必死にもがきながら訴えたのを、
「目違い致すな。江戸侍は気《き》ッ腑《ぷ》が違うわッ」
 全くそうです。ずばりと爽かに言いながら、目早く群衆を見廻していたが
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