らぬ他国の旅だけに、わびしいのです。あの旅情――ひとり旅の旅びとのみが知るはかなくも物悲しいあの旅情もいくらか手伝って、ふと思いついたのが島原見物でした。江戸にいた頃は、雪が降ろうと風が吹こうと、ひと夜とて吉原ぞめきを欠かしたことのない退屈男です。思い立ったとなると、その場に編笠深く面《おもて》をかくして、白柄細身をずっしり長く落して差しながら、茶献上《ちゃけんじょう》の博多は旗本結び、曲輪《くるわ》手前の女鹿坂《めじかざか》にさしかかったのは、丁度|頃《ごろ》の夕まぐれでした。
「お寄りやす。お掛けやす――ま! すいたらしい御侍様じゃこと。サイコロもございます。碁盤もございます。忍びの部屋もございます。お寄りやす。御掛けやす」
その女鹿坂上の、通称一本楓と言われた楓の下の艶《なま》めいた行燈の蔭から、女装した目にとろけんばかりの色香を湛えて、しきりに呼んでいるのは、元禄の京に名高い陰間《かげま》茶屋です。――江戸の陰間茶屋と言えば、芝の神明裏と湯島の天神下と、一方は増上寺、一方は寛永寺と、揃いも揃って女人禁制のお寺近くにあるというのに、京はまたかくのごとく女には不自由をしない曲輪手前に、恐れ気もなく店を張っているのも、都ならでは見られぬ景物に違いない。
通り越して、ひょいと向うを見ると、はしなくも目にうつったのは、「易断」と丸提灯に染めぬいた大道易者のささやかな屋台です。――退屈男は、にやりとやると、のっそり近づいて、千二百石の殿様ぶりを、ついその言葉のはしにのせながら、横柄に言いました。
「退屈の折からじゃ、目をかけてつかわすぞ、神妙に占ってみい」
「………」
「どうじゃ。第一聞きたいは剣難じゃ。あらば早う会うて見たいものじゃが、あるかないか、どうじゃ」
「………」
「喃《のう》! おやじ! どうじゃ。剣難ありと人相に書いてはないか」
「………」
「ほほう。こやつめ、答えぬところを見ると、場所柄が場所柄ゆえ、堅いほうは不得手と見ゆるな。よいよい、然らば女難でも構わぬゆえ観て貰おう。どうじゃ、身共の人相に惚れそうな女子《おなご》があるか」
「………」
「喃! おやじ! なぜ返事を致さぬ! 黙っているは女難も分らぬと申すか!」
だが、老いたる観相家は、奇怪なことにもきょとんとしたまま、一向に返事をしなかったので、不審に思いながらよくよく見ると、返事のなかったの
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