度並行して大坪流の秘術をつくしつつあった右側向うの、黒住団七ならぬ古高新兵衛の脇腹に、はッしと命中いたしました。
 ために古高新兵衛はドウと顛落《てんらく》落馬したことは勿論のこと、そのまに危うく難を避け得た黒住団七が凱旋将軍のように決勝点へ駈け入りましたが、しかし、場内はこの思いもかけぬ椿事のためにいずれも総立ちとなって、将軍家におかせられては御不興気にすぐさま御退出、曲者《くせもの》捕《とら》えろッ、古高新兵衛を介抱しろッ、どうしたッ、何だッ、と言うようなわめき声が八方に上がりまして、ついに折角の御前試合も、忽ち騒然、右往左往と人が飛び交いつつ、見る見るうちに場内はおぞましき修羅の巷と化してしまいました。
 とみて、わが退屈男の色めき立ったのも勿論です。
「のう、京弥!」
「はッ」
「最初からそれなる両名、特に殺気立っていたようじゃったが、先程試合前にあの美形が天降ったあたりといい、何ぞまた退屈払いが出来るやも知れぬぞ」
「いかさま様子ありげにござりまするな。念のために一見致しましょうか」
「おお、参ってみようぞ。要らぬ詮議立てじゃが、この木の芽どきに生欠伸《なまあくび》ばかりして
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