おじ毛立ったか、じり、じりと、どこからとなく槍の林が、うしろに逃げ足立ったかとみるまに、ばらばらと隊形が総崩れとなりました。
しかし、それと知った一瞬!
「余の者は逃がしてつかわすが、その方だけは退屈男の武道が許せぬわ」
痛烈に叫びざま、黒住団七のあとに追い近づいたかと思われましたが、およそ団七こそは武人の風上《かざかみ》にもおけぬ奴でした。笑止や武士には第一の恥辱たる後傷をだッとその背に浴びて、声もなくどったりとそこにうっ伏しました。
――ほっと息をついて、退屈男はやや暫し黙然。ほんとうに、黙然とやや暫し、そこに佇《ただず》みながら、血刀をさげたままで、何ごとか沈吟しているもののようでしたが、と見て、塀の上からおどりおりつつ、駈けよって来た京弥を見迎えながら、突如、わびしげに、呟くごとく言いました。
「あそこに倒れおる市毛甚之丞と、これなる死骸となった黒住団七の両名を、駕籠にでも拾い入れて、約束通り南町御番所の水島宇右衛門めへ土産に送ってつかわせ」
「送るはよろしゅうござりまするが、お殿様はいかがなさろうとおっしゃるのでござります」
「少し寂しゅうなったわ。退屈じゃ、退屈じゃと
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