て、九本の刄を矢来目陣《やらいめじん》に備えながら、退屈男に押し迫ろうとしましたので、京弥が伺い顔に傍らから言いました。
「手間どってはあとが面倒にござりますゆえ、ちょっと眠らしてつかわしましょうか」
「そうのう、では、揚心流小出しにせい」
「はッ。――ちと痛いかも知れぬが、暫くの間じゃ。お辛抱召されよ」
 言いつつ、漆《うるし》なす濡れ羽色の前髪をちらちらとゆり動かして、すいすいと右と左へ体を躱《かわ》しつつ、駈け違ったかと見えましたが、左の及び腰になっていたのっぽを先ずぱったり、右のしゃちこばっていた薄汚ない奴をつづいてばたり、前の、目を血走らせていた蟹股《がにまた》を同じくばたり、いと鮮かに揚心流遠当てで、そこにのけぞらしました。
 とみて、笑止千万な者共です。はや腰を抜かして、へたへたと縁側に這いつくばりつつ逃げおくれた六松をひとり残して、誰先にとなく裏口へ逃げ走り去ったので、あとから追いかけようとした京弥を、退屈男は慌てて制しつつ呼び止めました。
「すておけ、すておけッ。六松さえ押え取らば、どこまで逃げ伸びようと、いずれはこちらのものじゃわ。深追いするな」
 逃げるままに逃が
前へ 次へ
全32ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング