んの今しがたでござりましたよ」
「今しがたにも色々あるわ。いつ頃の今しがたじゃか、存ぜぬか」
「古高様のあのお騒ぎが起きますとすぐでござりましたよ。どうした事か急に色を変えて、まごまごしていたようでござりましたが、気がついて見ましたら、もう姿が見えませんでしたゆえ、手前共もいぶかしんでいる次第でござります」
突如としてここに疑惑の雲が漂って参りましたので、あの凄艶な疵跡に、不気味な威嚇を示しながら、わけもなく打ちふるえている馬丁共をじろじろと見眺めていましたが、その時ふと退屈男の目を鋭く射たものは、そこに置き忘れでもしたかのごとくころがっている本場|鹿皮印伝《しかがわいんでん》の煙草入でした。中間馬丁と言えば、いかに裕福な主人についていたにしても、精々先ず年額六両か七両が関の山の給料です。然るにも拘わらず、まがい物ならぬ本物の印伝皮で揉《な》めしこしらえた贅沢きわまる煙草入がころがっていましたものでしたから、いかで退屈男の逃すベき!
「これなる煙草入は何者の持ち品じゃ!」
「おやッ。野郎め、あんなに自慢していやがったのに、よっぽど慌てやがったとみえて、大切《たいじ》な品を忘れて行きや
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