れぞれ十万坪ずつの広大なお犬小屋をしつらえ、これに一万頭ずつをふり分けてお移し申しあげ、専任のお犬奉行なる者を新たに任命いたしまして、笑止千万なことにはこれらの犬の中で、最も多く子供を生産する奴には、筑前守おクロ様とか、或はまた尾張守おアカ様とか言うような名前をつけたと書かれてありますが、しかし、そういう逆上した一面があるにはあっても、さすがに江戸八百万石の主、天下兵馬の統領たる本来の面目を失わないのは豪気《ごうき》なものです。
と言うのは、年々歳々、日を追うて次第に士風の遊惰に傾くのを痛嘆いたしまして、士気振興武道奨励の意味から、毎年この四月の月の黄道吉日《こうどうきちにち》を選んで、何等か一つずつ御前試合を催す習慣であったのがそれですが、犬にのぼせ上がっていても、感心にその年中行事だけは忘れないとみえ、この年も亦二十四日の晴天を期して、恒例通り御前試合のお催しがある旨発表になりました。
――試合項目は槍に馬術。
――場所は小石川|小日向台町《こひなただいまち》の御用馬場。
毎年その例でしたが、士気振興の意味でのお催しですから、諸侯旗本が義務的にこれへ列席を命ぜられるのは言う
前へ
次へ
全32ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング