でごぜえます」
「馬鹿者ッ」
「へえい?」
「ずうずうしゅう、へえいとは何ごとじゃ。主人に危難来ると知らば、身を楯にしても防ぐベきが当り前なのに、自ら手伝って、死に至らしむるとは不埓者めがッ」
「へえい。それもこれも元はと言えば、バクチが好きのさせたわざ――、たった三十両の端《はし》た資本《もとで》に目が眩《くら》みまして、何ともはや面目次第もごぜえませぬ。この通り、もう後悔してござりますゆえ、お手やわらかに願います」
「虫のよい事申すな! 立てッ」
「へえい?」
「立てと申すに立たぬか」
「痛えい! 立ちますよ。立ちますよ。そんなにお手荒な事をなさらずとも、立てと言えば立ちますが、一体どこへ御引立てなさるんでござりますか」
「くどう申すな。行けッ」
引立てながら道の途中で見つかったそこの自身番へ、小突き入れると、事もなげに言いました。
「この下郎めは、三十両の目腐れ金で、大切な主人の命を売った不埓者《ふらちもの》じゃ。早乙女主水之介、約束通り土産一匹つかわすとこのように申し伝えて、今ただちに南町御番所の水島宇右衛門なる与力の許へ引立てて参れ」
言いおくと、通り合わせた町駕籠を急ぎに急いで仕立てながら、京弥いち人のみを引き随えて、ただちに黒住団七の禄を喰《は》む、宇都宮九万石の主、奥平美作守昌章《おくだいらみまさかのかみまさあき》の上屋敷に行き向いました。またこれが許しておかれる筈はない。わが江戸旗本中の旗本男たる早乙女主水之介の三河ながらなる正義観において、憎むべき黒住団七が許しておかれる筈はないのです。よし仮りに、奥平美作守が、九万石封主の力を借りて、これを庇《かば》い立てすることあるも、われわれにはまた直参旗本の威権あり! 篠崎流奥義の腕にかけても、やわか許すまじと、真に颯爽としながら打ち乗って、一路、美作守上屋敷なる麻布《あざぶ》六本木へ急がせました。
四
行くほどに青葉がくれの陽はおちて、ひたひたと押し迫ったものは、夕六ツ下がりの紫紺流した宵闇です。
然るに、こはそも何ごとぞ!――まだそんな門限の刻限ではないのに、さながら退屈男の乗り込んで行くのを看破りでもしたかのごとく、奥平屋敷の江戸詰藩士小屋を抱え込んだお長屋門が、ぴたりと閉じられてありましたので、乗りつけるや、怒髪《どはつ》して退屈男が呼び叫びました。
「早乙女主水之介、直参旗本の格式以て罷《まか》りこした。早々に開門せい!」
だのに、答えがないのです。
とみるや、ひらり一|蹴《しゅう》!
「面倒じゃ。開けねばこうして参るぞ!」
ぱッと土を蹴って、片手|支《ささ》えに、五尺の築地塀上《ついじべいうえ》におどり上がりながら、ふと、足元の門奥に目をおとしたとき!
――見よ!
そこに擬《ぎ》せられているのは、意外にも、十数本の槍先でした。それに交って六本の刄襖《はぶすま》! しかも、その六本の白刄《はくじん》を、笑止千万にも必死に擬していたものは、ほんの小半時前、根津権現裏のあの浪宅から、いずれともなく逐電《ちくでん》した筈の市毛甚之丞以下おろかしき浪人共でしたから、門を堅く閉じ締めていた理由も、うしろに十数本の槍先を擬しているものの待ち伏せていた理由《わけ》も、彼等六人の急を知らせたためからであったかと知った退屈男は、急にカンラカンラ打ち笑い出すと、門の外に佇んだままでいる京弥に大きく呼びかけました。
「のう京弥々々! ちとこれは面白うなったぞ。早うそちもここへ駈け上がってみい!」
「心得ました。お手かし下されませ」
退屈男のさしのべた手にすがりついて、これも身軽にひらり塀の上におどり上がったとみえましたが、中の意外な光景に打たれたとみえて、ややおどろきながら叫びました。
「よおッ。あの六人が先廻りしておりまするな!」
「のう。よくよく斬って貰いたいと見ゆるわ。久しぶりに篠崎流を存分用いるか」
「はッ。けっこうでござりまするが、うしろの槍はなんとした者共でござりましょうな」
「言うがまでもない。あの真中にいるのが、確かに昼間見かけた黒住団七じゃ。思うに、同藩のよしみじゃとか何とか申して、はき違うべからざる武士道をはき違えおる愚か者共じゃろうよ」
「笑止千万な! では、手前も久方ぶりに揚心流を存分用いて見とうござりますゆえ、お助勢お許し下されませ」
「ならぬ」
「なぜでござります」
「退屈男の名前が廃《すた》るわ。そちはこれにてゆるゆる見物致せ」
言うや、ひらり、体を浮かしたとみえましたが、およそ不敵無双です。槍、剣《つるぎ》、合わしたならば二十本にも余る白刄の林の中へ、恐るる色もなくぱッとおどりおりました。
しかも自若《じじゃく》としてそこに生えたるもののごとくおり立つと、腰の物を抜き合わそうともせず、あの凄艶《せいえん》
前へ
次へ
全8ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング