しかに百化け十吉らしい奴がゆうべ牛込の藁店《わらだな》に現れまして、そこの足袋屋小町と言われておりました若い娘を、巧みに浚《さら》っていったという訴えがあったげにござりまするぞ」
 不幸こちらの囮網にこそはかからなかったが、まさしく十吉とおぼしき者の出没した事を権之兵衛が報告いたしましたので、退屈男の目を光らしたのは言うまでもなく、その夜同じ頃が訪れると、再びまた京弥を女装させつつ、長割下水の屋敷を立ちいでました。しかも、その出かけていった道筋が、前夜と全く同様の町々でしたから、ちょっとばかり奇態に思われましたが、しかしここが実はやはり退屈男の凡夫でない証拠なのです。夜毎々々に道筋町筋を取り替えて釣りに出かけるよりも、根気よく焦らずに同じ方面をさ迷っていたら、いつかは必ず百化け十吉の目に止まる時があるだろうと考えたからでした。
 だのに、何とも腹の立つ事には、第二夜も囮は結局徒労でした。第三夜も第四夜もまた空しい努力に帰しました。そうして根気よく第六夜目に、同じく京弥を囮に仕立て、人形町から小伝馬町への俗に目なし小路と称した、一丁目も二丁目もない小屋敷つづきの、やや物寂しい一廓へさしか
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