江戸名物旗本退屈男何者かに毒殺さる、とこのようにすぐともう瓦版《かわらばん》に起しましてな、町から町へ呼び売りして歩いたげにござりまするぞ。それから、第二にはなるべく人の寄る場所がよかろうと存じましたのでな。目貫《めぬき》々々の湯屋床屋へ参って、巧みに評判させましてござります」
「いや左様か。商売道に依って賢しじゃ、まだちと薬が利くのは早いかも知れぬが、でもこうしていたとて退屈ゆえ、ではそろそろ江戸見物に出かけるか」
 言いつつ、何かもう前から計画が立ってでもいたかのごとく微笑していましたが、不意に大きく呼びました。
「こりゃ京弥、それから菊!」
 雛の一対のごとき二人が、なぜとはなくもうぼッと頬に紅《べに》を染めながら、相前後してそこに現れるのをみると、退屈男は猪突に愛妹へ言いました。
「のう菊、お前にちと叱られるかも知れぬが、京弥に少々用があるゆえ、この兄が二三日借用致すぞ」
「ま! 何かと言えばそのような御冗談ばっかりおっしゃいまして、あまりお冷やかしなさりましたら、いっそもうわたしは知りませぬ」
「なぞと陰にこもったことを申して、その実少し妬いているようじゃが、煮て喰いも焼いて
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