口汚なく罵しられるのをじっと忍びながら、ひたすらに詫びる[#「詫びる」は底本では「詑びる」と誤植]のでした。
「相済みませぬ。相済みませぬ。先を急がねばなりませぬゆえ、お許しなされて下さりませ。もうお許しなされて下さりませ」
「何だとッ? では、貴様どうあっても抜かぬつもりかッ」
「はっ、抜くすべも存じませぬゆえ、もうお目こぼし下されませ」
「馬鹿者ッ、抜くすべも知らぬとは何ごとじゃ、貴様われわれを愚弄いたしおるなッ」
「どう以《も》ちまして。生れつき口不調法でござりますゆえ、なんと申してお詫び[#「詫び」は底本では「詑び」と誤植]したらよいやら分らぬのでござります。それに主人の御用向きで、少しく先を急がねばなりませぬゆえ、もうお許しなされまして、道をおあけ下さりませ。お願いでござります」
「ならぬならぬ! そう聞いてはなおさら許す事|罷《まか》り成らぬわ。どこの塩垂《しおたれ》主人かは存ぜぬが、かような場所での用向きならば、どうせ碌な事ではあるまい。それに第一、うぬのその生ッ白い面《つら》が癪に障るのじゃ。聞けば近頃河原者が、面の優しいを売り物にして御大家へ出入りいたし、侍風を吹かしているとか聞いているが、うぬも大方その螢侍《ほたるざむらい》じゃろう。ここでわれわれの目にかかったのが災難じゃ。さ! 抜けッ、抜いていさぎよく往生しろッ」
 ――これで見ると喧嘩のもとは、若衆の姿が柔弱なので、それが無闇と癪に障ってならぬと言うのがその原因らしいのですが、いずれにしても脅迫されているのは只ひとり、している他方は四人という取り合せでしたから、同情の集まるのはいつの時代も同じように弱そうなその若衆の方で、新造禿《しんぞうかむろ》、出前持の兄哥《あにい》、はては目の見えぬ按摩迄が口々にさざめき立てました。
「ま! お可哀いそうに。ああいうのがきっと甚助侍と言うんですよ」
「違げえねえ。あのでこぼこ侍達め、きっといろ[#「いろ」に傍点]に振られたんだぜ」
「なんの、あんなのにいろ[#「いろ」に傍点]なんぞあってたまりますかい。誰も女の子がかまってくれねえので、八ツ当りに喧嘩吹っかけたんですよ」
 しかし言うは言っても只言うだけの事で、悲しい事に民衆の声は、正義の叫びには相違ないが、いつも実力のこれに相伴わないのが遺憾です。芝居や講談ならばこういう時に、打ちかけ姿の太夫が降って湧
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