るのが当然中の当然なことでした。
 しかし、主水之介は退屈しているにしても、世上には一向に退屈しないのがいるから、皮肉と言えば皮肉です。
  ※[#「※」は「歌記号」、第3水準1−3−28、13−下−3]――高い山から谷底見れば
       瓜や茄子《なすび》の花ざかり
    アリャ、メデタイナ、メデタイナ
 そんな変哲もない事がなぜにまためでたいと言うのか、突如向うの二階から、ドンチャカ、ジャカジャカという鳴り物に合わして、奇声をあげながら唄い出した遊客の声がありました。
「ウフフ……。他愛のない事を申しおるな。いっそわしもあの者共位、馬鹿に生みつけて貰うと仕合せじゃったな――」
 ききつけて主水之介は悲しげに微笑をもらすと、やがてのっそりと道をかえながら、角町《すみちょう》の方に曲って行きました。
 と――、その出合がしら、待ち伏せてでもいたかのごとくにばたばたと走り出ながら、はしたなく言った女の声がありました。
「ま! さき程からもうお越しかもうお越しかとお待ちしておりいした。今日はもう、どのように言いなんしても、かえしはしませぬぞ」
 ――声の主は笑止なことに身分柄もわきまえず、大身《たいしん》旗本のこの名物男早乙女主水之介に、もう久しい前から及ばぬ恋慕をよせている、そこの淡路楼と言う家の散茶女郎《さんちゃじょろう》水浪《みずなみ》でした。うれしいと言えばうれしい女の言葉でしたが、しかし主水之介は冷やかに微笑すると、ずばりと言いました。
「毎夜々々、うるさい事を申す奴よな。わしが女子《おなご》や酒にたやすく溺るる事が出来たら、このように退屈なぞいたさぬわ」
 あっさりその手を払いすてると、悠然として揚屋《あげや》町の方にまた曲って行きました。
 こうしてどこというあてもなく、ぶらりぶらりと二廻りしてしまったのが丁度四ツ半下り、――流連《いつづけ》客以外にはもう登楼もままならぬ深夜に近い時刻です。わびしくくるりと一廻りした主水之介は、そのままわびしげに、道をおのが屋敷の本所長割下水に引揚げて行きました。

       三

 屋敷は、無役《むやく》なりとも表高千二百石の大身ですから、無論のことに一丁四方を越えた大邸宅で、しかも退屈男の面目は、ここに於ても躍如たる一面を見せて、下働らきの女三人、庭番男が二人、門番兼役の若党がひとりと、下廻りの者は無人《ぶに
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