というのは名ばかり、調べというも形ばかり、けっきょくはただ、無罪放免という最後のさばき一つがあるばかりでした。したがって、川西万兵衛の吟味もまたほんの形ばかりでした。
「このうえ無益な手数はかけますまい。罪なきものを罪におとしいれたとあっては、大公儀お町方取り締まりの名がたちませぬ。しかしながら、念のためじゃ、諸公がたにもとくとお立ち会い願うて、いま一度傷口を改め申そう。その匕首《あいくち》これへ――」
 差し出したのといっしょに、左右から小者が塩づけの寝棺に近づいて、こじあげるようにしながら、長い青竹で、音蔵のむくろの背を返しました。
 しかし、傷口に変わりはない。どう調べ直してみても、刀傷は刀傷です。肩から背へかけて、あんぐりと走った傷の幅は一寸、長さはざっと一尺二寸、尺にも足らぬ匕首《あいくち》では、切ろうにも切りようのないみごとな袈裟《けさ》がけの一刀切りでした。
「ご覧のとおりでござる。音蔵があやめられていた場所は、浅草北松山町の火の見やぐら下じゃ。時刻は宵《よい》五ツどき。お駒の住まい岩吉店《いわきちだな》はその火の見の奥でござる。場所は近し、血によごれた匕首はむくろのそば
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