えどうしたんだ。野郎たちゃ全然別人か」
「――のようなところもあるんで、ふたりかと思ったら」
「やっぱりひとりか!」
「――のようなところもあるんですよ。音蔵のうちへ駆けこんでいったら、裏口からもばたばたとあの町人らしい足音が飛びこんできやがってね、と思ったら、表口へぬっと顔が出たんで、さては青月代《あおさかやき》かとよくよくみたら黒い頭なんだ。あの御家人めがにったりやって、なにしに来やがったとにらみつけたんでね、こいついけねえと思って、大急ぎにお駒のうちへ飛んでけえったら、いま見たとおりまたばたばたと裏口から駆け込んできやがって、にやにややっていたんです。こんな気味のわるいこたア二つとありゃしねえ。つらは同じなんだ。年かっこうも同じなんだ。男っぷりもそっくりなんだ。毛がはえたり、なくなったり、飛んであるくうちに月代《さかやき》が青くなったり、黒くなったりするなんてえきてれつは、弘法様だってご存じねえですよ。あっしゃ震えが、ふ、震えが出てならねえんです……」
 いかさま奇怪でした。二町や三町の道を走るうちに、伸びたり消えたり、自由に月代《さかやき》が変わるはずはないのです。しかし、それならばふたりかと思うと、そっくりそのままに似すぎているところが不思議でした。伝六といっしょに飛んでいったのも不思議なら、いったかと思うと月代が変わって、のぞいたというところを推しはかってみると、まさしく同一人のように思えるのです。
「迷わしゃがるな。めんどうだが、手間をかけて、しっぽをつかむより法はあるめえ。両方の近所へいって、人の口を狩り集めてきな」
「聞き込みですかい」
「そうよ。人の毛は肉の下からはえてくるんだ。気ままかってに取りはずしのできる品じゃねえ。ひとりかふたりか、おおぜいの目を借りたら正体もわかるにちげえねえから、ひとっ走りいって洗ってきな」
「よしきた。ちくしょうめ。たっぷりとまゆにつばをつけていってやらあ。どこでお待ちなさるんです。いずれはどこかそこらの食い物屋でしょうね」
「お手のすじさ。おいらが食い物屋と縁が切れたら冥土《めいど》へちけえよ。あの向こうの突き当たりだ。オナラチャズケ、ウジリョウリとひねった看板が見えるじゃねえか。あそこにいるから、舞っておいで」
 夕ばえ近い町を、伝六は左へ、名人は右へ、――お奈良《なら》茶漬《ちゃづけ》宇治料理とかいたのれんが、吸いこむように右門の姿をかくしました。

     3

 半刻、四半刻と、やがて日のいろが薄れて、ほの白い春の宵が、しっとりとたれ落ちました。精いっぱいの聞き込みを集めているとみえて、わかれていった伝六がなかなか帰らないのです。――寝て待ち、起きて待ち、あごと遊んで待っているうちに、人通りもおおかた遠のいた表の町から、ばたばたと景気のいい足音が、下の店さきへ駆けこみました。
「伝六か!」
「しかり!」
「景気がいいな。みやげはどうだ。その足音じゃたんまりとありそうだが、どうだ、わかったか」
「…………」
 しかし、伝六は駆けあがってきた元気とはうって変わって、しょんぼりとたたずみながら、しきりとまゆをぬらしているのです。
「だめなのかい」
「いいえ、だめとはっきり決まったわけじゃねえんだ。音蔵のほうで五軒、お駒のほうで五軒、締めて十軒探ったんですがね。そのうちで、たぶんふたりだろうといったのが――」
「何軒だ」
「締めて五軒あるんですよ。いいや、ひとりかもしれねえといったのが、やっぱり五軒あるんだ。くたぶれもうけさ。いくら探っても、やっぱり、ひとりかふたりか、雲が深くなるばかりで正体はわからねえんですよ」
「なんでえ。ばかばかしい。それなら、なにも景気よく帰ってくるところはねえじゃねえか。今ごろまゆをぬらしたっておそいや」
「おこったってしようがねえですよ。あっしのせいじゃねえんだからね。ふたりかひとりかわからねえようなやつが、このせちがらい世の中をのそのそしているのがわりいんです。ほかに手はねえんだ。どうあっても正体を突きとめるなら、野郎たち両方へ呼び出しをかけるより法はねえんですよ。ひとりだったら一匹来るし、ふたりだったら二匹来るし、そのときの用意にと思って、まゆをぬらしているんだ。――はてな、待ったり! 待ったり! なにか急に騒がしくなりましたぜ」
 ぴたりと声を止めて、伝六が立ちあがりました。――聞こえるのです。ばたばたと、あちらこちらへ駆け走っている騒々しい足音の中から、押しつぶしたような声があがりました。
「人殺しだ!」
「火の見の下ですよ! 音蔵さんと同じところに、同じかっこうをして、また人が切られているんだ。人殺しですよ! 気味のわりい人殺しが、また火の見の下にあるんですよ!」
 むくりと名人が起きあがったかとみるまに、いつにもなくいろめきたって、
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