うでござりますゆえ、お早くお出まし願います」
 うろたえた文字で、走り書きがしてあるのです。
 「奇怪千万、またまた生血が降り候《そうろう》。ただし、軸物にはそうらわず、念のためにと存じ、咋夜は床の物取りはずし置き候ところ、ただいま見れば壁に二カ所、床板に三カ所、ぺったりと血のしたたりこれあり候。ご足労ながら、いま一度ご検分願わしく、ご来駕《らいが》待ちわびおり候」
 読み下しながら、静かな笑《え》みをみせると、ふりかえって、伝六を促しました。
「大だいがつれたようだぜ。早くしゃっきりと立ちなよ。なにをぽうっとしているんだ」
「がみがみいいなさんな。変なことばかりなさるんで、まくらもとへすわってだんなの寝顔をみていたら、頼みもしねえのに夜が明けちまったんですよ。ひと晩寝なきゃ、だれだってぽうっとなるんです」
「あきれたやつだな。寝ずの番をしていたって、夜が明けなきゃあさかなはつれねえんだ。ゆうべぬったうるしが、ものをいってるんだよ。目がさめるから、飛んできな」
 声も早いが足も早い。朝風ぬるい町から町を急いで、塗町かどの三庵屋敷へはいっていくと、床の血でもしらべるかと思いのほかに、そん
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