あのいろ、あの様子では、どこに一つ疑わしいところはないのでした。なぞの雲は、はてしもなく深くなったのです。
考え迷い、考え迷って、いつどこを歩いたとも知らないように歩いてきた名人は、ぴたりとそこの和泉橋《いずみばし》の上に立ち止まると、くぎづけになったようにたたずんだまま、しんしんとまた考えこみました。
6
夜もまたまったくふけ渡って、星もいつのまにか消えたか、深夜の空はまっくらでした。
影もない。音もない。思い出したようにざわざわと吹き渡る川風が、なまあったかくふわりふわりと、人の息のようにえり首をなでて通りました。
遺恨あってのしわざか? いたずらか……?
それすらもわからないのです。つかみどころがないのです。
思い出したように、また川風がふわりふわりとなでて通りました。あざけるように橋の下で、びちゃびちゃと川波が鳴りました。
名人はしんしんと考えつづけたままでした。
考えているうちに、しかし、名人の手はいつのまにか、そろりそろりとあのあごをなではじめました。――せつなです。
「アハハハ。なんでえ、つまらねえ。あんまり考えすぎるから、事がむずかしくなる
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