った血の出どころが不思議です。櫃に隠れた今のへびが降らせるとも思えないのです。
 しかし、そのとき、くぎづけになったように立ちすくんでいるふたりをおどろかして、とつぜん、庫裡《くり》の向こうから、ばたばたと人の足音が近づきました。ふたりは、はっとなって須弥壇《しゅみだん》の横へ身を隠すと、怪しみながら近づいた影を見すかしました。
 年は二十三、四。寺の者ではない、町人でもない、侍でもない、なにものかかいもく素姓のわからぬ不思議な若い男なのです。なにをいきどおっているのか、憤怒《ふんぬ》に目を光らして、荒々しく位牌堂の中へ飛び込んでいくと、やにわに千萩をにらみつけながら、あびせました。
「聞き分けのないおかたでござりまするな! あれほどいったのに、まだおやめなさらないのでござりますか!」
「…………」
「こんなものを飼えば、こんな気味のわるいものを飼ったら、なにがおもしろいのでござります! どこがかわいいのでござります」
 なじるようにいったのを、しかし千萩はひとことも答えないで、悲しげに微笑しながら、取り合うのも煩わしそうに目をそらしました。
 なにかふたりの間に、秘密のつながりがある
前へ 次へ
全48ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング