かりが動きました。
「それ、きたぞ! さあ来い! お櫃娘《ひつむすめ》、すべって川におっこちますなよ」
 ぱっとこうもりのように飛び出した伝六のあとから、ひたひたと名人も足音ころして追いかけました。
「どっちだ!」
「あそこ! あそこ! あのへいかどを左へ曲がっていくふたりがそうですよ」
 てがら顔に辻占売りが指さしたやみの向こうを見すかすと、なるほど二つの黒い影が急いでいるのです。
 ふたりともにすっぽりと、お高祖頭巾《こそずきん》でおもてをかくしていたが、前を行くやせ型のすらりとした影こそは、まさしくあの娘の千萩《ちはぎ》でした。しかも、うわさのとおり、大きなお櫃《ひつ》をかかえているのです。
「懐剣を持っているな」
「懐剣!」
「あのうしろを守って行く女中のかっこうを見ろ。左手で胸のところをしっかり握っているあんばいは、たしかに懐剣だ。どうやら、こいつは思いのほかの大物かも知れねえぜ」
 ぴんと名人の胸先にひらめいたのは、――血! 血! 血! あの軸物に降るいぶかしい生血のことでした。
 娘のかかえている不思議なお櫃は、血を入れるお櫃かもしれないのです。うしろの女中の懐剣は、その
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