。三人五人と町内近所の娘が寄りゃ、あっちの娘の話、こっちの娘のうわさ、今のあの不思議な娘のことも、何かうわさを聞いているだろうし、陰口もたたき合っているにちげえねえんだ。それを探るというんだよ、それをな。ほかのところじゃねえ、女護が島を見つけに行くんだ。わかったら、勇んでいってきなよ」
「かたじけねえ。そういうふうに人情を割って話してくれりゃ、あっしだってすねるところはねえんですよ。べらぼうめ、どうするか覚えていろ。ほんとうに……! おうい、どきな、どきな、じゃまじゃねえか。道をあけな」
べつにだれも道をふさいでいるわけではないのに、事ひとたび伝六が勇み立ったとなるとすさまじいのです。ひらひらとそでを振っていったかと思うまもなく、姿が消えました。
4
春近い江戸の宵《よい》は、もう風までがぬくやかでした。まちわびているところへ、飛んでかえると、目を丸めているのです。
「見つからねえのかい」
「相手は娘じゃねえですか。あっしともあろう者が、娘っ子の巣を見のがしてなるもんですかい。ふたところあるんですよ」
「そいつあ豪儀だ。この近所か」
「近所も近所も裏通りの路地に一軒、向こうの横町に一軒、裏通りは五人、向こう横町のほうは八人、お節句着物でも縫っているとみえてね、両方ともあかりをかんかんともして、いっしょうけんめいとおちくちくをやっているんですよ。いい娘のそろっているほうがご注文なら、ちっと遠いが向こう横町だ。いきますかえ」
「いい娘が見たくて行くんじゃねえ、近いほうがいいや、連れていきな」
てがら顔に連れていったその裏通りへ曲がってみると、なるほど路地を奥へはいった一軒の表障子に、それらしい娘たちの影が見えました。
「許せよ」
つかつかとはいっていくと、あんどんのまわりから、いっせいにふり向いた五人のお針子たちをじいっと見比べていたが、あごで示した娘が不思議なのです。
「あの右から三人めの不器量な娘だ。あそこのかどまで呼んできな」
「な、な、なんですかい。冗談じゃねえ、えりにえって、あんなおででこ娘に白羽の矢を立てなくともいいでしょう。ほかに見晴らしのいいのが、ふたりもおるじゃねえですかよ」
「大きな声を出すな。聞こえるじゃねえか。器量のいい娘のうわさに、器量のわるい娘ほど知っているものなんだ。勘のにぶいやつだ。ご苦労だがちょっと来てくれといって、おとなしく連れてきな」
いちいちとむだのない計らいでした。にやにや笑って、伝六が連れてきたのを見迎えると、おだやかに尋ねました。
「お仕事中をおきのどくさまでしたな。隠しちゃいけませんぜ。あんたの町内はどこでござんす」
「…………?」
「こわいこたあねえ、ちょっとききたいことがあってお呼び申したんですよ。この近くのお町内ならお知りでしょうが、あそこの岡三庵先生のところのお嬢さんのことを何かご存じじゃござんせんかい」
いぶかしそうに右門の顔を見ながめながら、おどおどと言いためらっていたが、これをみろというように伝六が横からぴかぴかと振った十手に気がついたとみえて、ふるえふるえ意外なことをいったのです。
「ほ、ほかのことは知りませぬが、なんでもお櫃《ひつ》を、おまんまを入れる大きなお櫃を、人にも見せずに毎日毎日宝物のようにして、たいへんだいじにしているといううわさでござります」
「お櫃! 中には、なにがはいっているんです」
「知りませぬ。毎晩夜ふけになるとそのお櫃をたいせつにかかえて、お女中さんをひとりお供につれて、こっそりどこかへ出ていくとかいううわさでござります」
「どこへ行くんです」
「そ、それも知りませぬ。ほかには何も存じませんゆえ、もう、もうごかんべんくださいまし……」
言い捨てると、娘は逃げるように駆け去りました。
聞き捨てならないうわさでした。
名人の目が底深く微笑して、きらりと光りました。
「べらぼうめ、くせえとにらんだらあの青娘、案の定これだ、夜ふけにはまだ一刻《いっとき》近くはあろう。おいらがおじきじきに立ちん坊しちゃもったいねえや。わら人形でも見つけようぜ。ついてきなよ」
ずんずん通りを塗町《ぬしちょう》へ 出て、土手に沿いながら歩いていると、辻占《つじうら》ア、辻占ア、というわびしい声といっしょに、土手の切れめから、ぽっかり白いあかりが浮きあがりました。
「子どもだな。ちっとかわいそうだが、張り番させるにゃかえっていいかもしれねえ。――大将大将」
目も早いが、思いつくのも早いのです。手をあげてさし招きながら呼びよせると、ちゃりちゃりと小銭をたっぷり握らせて言いつけました。
「辻占《つじうら》はみんなおじさんが買ってやるからな。そのかわり、おまえのからだを貸しておくれ。もう少したったら、あそこのお医者のうちの内玄関か裏のほうから、女
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