り向けながら、黙って床の間をゆびさしました。
 血だ! 大きな床いっぱいのようにかかっている狩野《かのう》ものらしい大幅の上から下へ、ぽたぽたと幾滴も血がしたたりかかっているのです。
「なるほど、わざわざお呼びはこれでござりまするな。いったい、これはどうしたのでござる」
「どうもこうもござりませぬ。岡三庵、今年五十七でござりまするが、生まれてこのかた、こんな気味わるい不思議に出会うたことがござりませぬゆえ、とうとう思いあまって、ご内密におしらべ願おうと、お越し願ったのでござります。よくまあ、これをご覧くださりませ。天井からも、壁からも、ただのひとしずくたれたあとはござりませぬ。床にもただの一滴たれおちてはおりませぬ。それだのに、どこから降ってくるのか、このへやのこの床の間へ軸ものをかけると、知らぬまにこのとおり血が降るのでござります」
「知らぬまに降る?――なるほど、そうでござるか。では、今までにもたびたびこんなことがあったのでござりまするな」
「あった段ではござりませぬ。これをまずご覧くださりませ」
 そういうまも、三庵はあたりに気を配りながら、こわごわ袋戸だなをあけると、気味わるそうに幅物を取り出して、名人の前にくりひろげました。
 数は六本。その六本のどれにもこれにも、同じようにぽたぽたと血がしたたりかかっているのです。
「なるほど、ちと気味のわるい話でござりまするな。血のいろに古い新しいがあるようじゃが、いつごろから、いったい、こんなことが始まったのでござる」
「数のとおり、ちょうど六日まえからでござります。そちらの右はじがいちばんさきの幅でござりまするが、前の晩までなんの変わりもございませんでしたのに、朝、ちょっとこのへやに用がござりましたゆえ、なんの気なしに上がってまいりまして、ひょいと床を見ましたら、そのとおり血が降っていたのでござります。医者のことでござりますゆえ、稼業《かぎょう》がら、血にはおどろかぬほうでござりまするが、それにしても場所が床の間でござりますそのうえに、このとおり、かかっている品が軸物でござりますゆえ、見つけたときはぎょうてんいたしまして、腰をぬかさんばかりにおどろきましたが、何かのまちがいだろう、まちがいでなくばだれかのいたずらだろうぐらいに思いまして、そちらの二本めのと掛け替えておきましたところ、朝になると、また血が降っているの
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