て、しきりとせきたてているところをみると、急用も急用にちがいないが、それよりも人目にかかることを恐れている秘密の用に相違ないのです。
「人違いではあるまいな」
「ござんせぬ。だんなさまをお迎えに来たんです。どうぞ、お早く願います」
たれをあげて促した駕籠の中をひょいとみると、何か書いた紙片が目につきました。
「くれぐれもご内密に願いあげ候《そうろう》」
という字が見えるのです。
「よし、わかりました。――ついてこい!」
どこのだれが、なんの用で呼びに来たのか、ところもきかず名もきかず、行く先一つきこうとしないで、すうっとたれをおろすと、さっさと急がせました。
ききたくも鳴りたくも伝六なぞが口をさしはさむひまもないほど、駕籠がまた早いのです。
2
海賊橋から江戸橋を渡って、伊勢町《いせちょう》を突き当たると大伝馬町《おおでんまちょう》、そこから左へ曲がると、もう雛市《ひないち》の始まっている十軒店《じゅっけんだな》の通りでした。その突き当たりが今川橋、――渡って、土手ぞいに左へ曲がったかと思うと、まもなく駕籠はその塗町《ぬしちょう》のかどの一軒へ、ぴたりと息づえをおろしました。案の定、このあたり評判の町医、岡三庵《おかさんあん》の前なのです。
「お越しだな! こちらへ、こちらへ。そこでは人の目にたつ。失礼じゃが、こちらからご案内申せ」
待ちきっていたとみえて、あわただしい声といっしょに、その三庵がうろうろしながら取り乱した顔をみせると、おろした駕籠を内玄関のほうへ回させて、そのまま人の目にかかるのを恐れるようにあたふたと招じあげました。
「わざわざお呼びたていたしまして、なんとも申しわけござりませぬ。いえ、なに、じつはその、なんでござります。てまえ参邸いたすが本意でござりますが、――これッ、これッ、なにをうろうろしておるのじゃ。来てはならぬ。行け、行け。のぞくでない!」
ことばもしどろもどろに、うろたえているのです。ひとり残らず家人の者も遠ざけて、きょときょとと八方へ目を配りながら、案内する間もおびえおびえ導いていったところは、二階の奥まった豪壮きわまりないへやでした。
高い天井、みごとな柱、凝ったふすま、なにからなにまでが入念な品を選んだ座敷です。そのへやの床ぎわへこわごわすわると、恐ろしいものをでもしらせるように、三庵が青ざめた顔をふ
前へ
次へ
全24ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング