をお疑いなさっているんでござります!」
「血だ! 床の間へたらしたあの血のことなんだ!」
「血! 床の間の血……?」
ぎょっとなって、おどろきでもするかと思いのほかに、三之助はけげんそうな顔をしているのです。ばかりか、まあどうしたんでござりましょう、――というように、そばから、千萩もおもてをあげて、泣きぬれた目をみはりました。
名人もいささかずぼしがはずれて、意外そうにふたりの顔を見比べました。目のいろ、顔のいろ、三之助にうそはない。千萩にも疑わしい色は見えないのです。それのみか、急に三之助がいとしくなりでもしたように、ぬれたひとみへ情熱の光をたたえて、微笑すらもかわしているのです。
「へへえ……とんだ長いしっぽがお櫃の中から出たかと思ったら、またにょろりと隠れてしまったか。――どうやら、こいつあ難物だよ。来い! あにい! なにをまごまごしているんだ」
「へ……?」
「へじゃないよ。新規まき直し、狂ったことのねえ眼《がん》が狂ったから、出直さなくちゃならねえといってるんだ。まごまごしねえで、ついてきなよ」
「まごまごしているのは、あっしじゃねえですよ。ばかばかしい。だんなこそまごまごして、どこへ行くんですかよ。そんなところは出口じゃねえんです。木魚ですよ。外へ出るなら、ここをこう曲がって、こっちへ出るんですよ」
どこに出口があるか、どっちへ道が曲がっているか、霧の中をでも歩くようなこころもちで、名人はしんしんと考えこんだままでした。
不思議は不思議につづき、ぶきみはぶきみにつづいて、しかも血のなぞは、いよいよ深い迷霧の中へはいってしまったのです。
家族以外の者……? いや断じてそんなはずはない。丹念にあのとき調べたとおり、外からあの二階へはいりうる足場は皆無でした。家人の目をくらまして押し入ったら格別、でないかぎりは、どうあっても岡三庵一家のものにちがいないのです。しかし、その家族のものは、宵のあの裏返しでためしたとおり、書生、代診、母親、女中、だれひとりそれと疑わしい顔いろさえ変えたものもないのでした。わずかにひとりあった娘の千萩は、血をたらすどころか、生き血を吸いたがるとんだ長虫を飼っていたのです。あのときあんなに震えたのは、その秘密を知られたくないために、われしらずおびえたにちがいないのです。しかも、その秘密の長い尾につながっていた三之助も、あの目、
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