ながら、へやのすみの壁ぎわに、必死と身を寄せて、美しい虫のように泣き伏している女こそ、まさしくあのおこよにちがいないのでした。
そのこちらにひとり、床を背にしてひとり。――どっかりとすわっているからだの節々に、武芸者らしい筋骨の鍛えが見えるところをみると、そやつこそ、まぎれもなく弓術師範依田重三郎に相違ないのです。こちらの白っぽい男は、いわずと知れた祐筆頭《ゆうひつがしら》大口三郎でした。
ぎょっとなったように、そのふたりがふり向いて身構えたのを、ずいとはいっていくと、静かな声でした。
「よからぬことをおやりじゃな」
「なにッ。どこの青僧だ!」
「知らねえのかい。おいらがむっつりのなんとかいう名物男さ、覚えておきな」
いうかいわないかのせつなです。
パッと地をけって、身を起こしたかと思うと、依田の重三郎、さすがに身のさばきあざやかでした。
猿臂《えんぴ》を伸ばしてうしろの床の間の飾り弓を手にとる、弦を張る、一瞬の間に矢をつがえると、
「問答無用じゃ。うぬが来たとあっては、これがよかろう! 受けてみろッ」
叫んだのといっしょに、矢さばき弓勢《ゆんぜい》もまたみごと、名人ののど
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