おり、このわたくしに相違ござりませぬが――」
「ござりませぬが、なんだというんだ」
「わたくしがすき好んで書いたのではござりませぬ。人におどかされまして、書かねば殺すぞと人におどかされまして、いやいやながら書いたのでござります」
「へへえ、急に空もようが変わってきやがったね。うそじゃあるめえな」
「いまさらなんのうそ偽りを申しましょう。あのかたに殺されたらと、それがおそろしくて、お隠し申していたんでござりまするが、もうもうなにもかも白状いたします。奥さまが死出の旅路にお出かけなさったなぞとはまっかな偽り、その奥さまは人にさらわれたんでござります。さらっておいて、罪を隠すためにそのかたがわたくしをおどしつけ、このようなにせの書き置きを書かせたのでござります」
「だれだ、あの矢で殺された若侍か」
「いいえ、あのかたこそ、ほんとうにおかわいそうでござります。同役というだけでいろいろご心配なさいましたのに、あんなことになりまして、さぞやご無念でござりましょう。さらった人は、わたしをおどしつけた人は、大口三郎というおかたでござります」
「どこのやっこだ」
「もとは同じ溝口藩のご祐筆、うちのご主人
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