とうとしたところへ、不意に庭先へ、すうと人影が浮きあがりました。うしろに若侍をふたり従えて、眼《がん》のくばり、体のこなし、おのずから貫禄《かんろく》品位の見える老武家です。ずいと静かに、名人右門のほうへ歩みよると、重々しく呼びかけました。
「いろいろとお手数ご苦労でござった。ふらちなその両名、てまえにお渡しくださらぬか」
「あなたさまは!」
「なにも聞いてくださるな。名も名のりとうはない。当加賀家に仕えておる者じゃ。さればこそ、加賀家の面目思うて、この一条、世にも知らさずに葬りたいのじゃ。家臣の者が顔を見せなんだのもそれがため。お渡しくださらば、てまえ必ずおこよどのに力を添えて、夫のあだ討たせましょう。いかがでござる。ご不承か」
いうことばのはしばし、名は名のらなかったが、まさしく加賀家のお重役です。名人の顔に会心げな笑《え》みがのぼりました。
「なるほど、筋の通ったおことば、しかとわかりました。百万石のご家名に傷がついては、一藩を預かるおかたとして、さぞやご心痛でござりましょう。ご所望ならば、お渡しする段ではござりませぬ」
「かたじけない。――すぐさまその両名をひっ立てて、あだ討ちの用意させい! おこよどのも参られよ」
あい、とばかりに、おこよは泣き喜びながら、子持ちすずりをしっかとかかえて、なわつきのふたりのあとを追いました。
「うれしいことになりゃがったね」
見ながめて、伝六がくすりとやりました。
「でも、ちょっとあっしゃ気になることがあるんだがね」
「なんだよ」
「あの美しいおこよさん。うれしそうに子持ちすずりを抱いていったはいいが、きょうから赤い信女のおひとり者になるんだ。どんな仏さまから子宝を授かるかと思うと、気がもめるんですよ」
しかし、名人はにこりとも、くすりともせずに、黙々ともう五、六間先でした。
底本:「右門捕物帖(四)」春陽文庫、春陽堂書店
1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
※誤記は、『右門捕物帖 第四巻』新潮文庫と対照して、訂正した。
入力:tatsuki
校正:はやしだかずこ
2000年4月20日公開
2005年9月24日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランテ
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