伝六がお礼をいっているんですよ。諸事このとおり抜けめのねえところが、他人にゃできねえ芸当なんだ。へえ、おはきもの――」
「おいらじゃねえや。源内だんなが、はだしではさぞおつめたかろうと思って、はきものをといったんだよ。まのぬけたことばかりやっていやがって、このとおり抜けめがねえもねえもんだ。では、お供つかまつる。冷えますな……」
伝六なぞとは気のつきどころが違うのです。お江戸自慢の巻き羽織に朝風をはらんで、血のけもないほどにうちうろたえている源内をいたわりいたわり、越中橋から江戸橋、大伝馬町、小伝馬町と、ひた急ぎに伝馬町の大牢《おおろう》へ急ぎました。
2
一番牢、二番牢といって、三番牢は同じ棟《むね》のいちばん奥でした。
目ばかりのような男、ひげばかりのような男、骨ばかりのような男、あの世の風が吹く牢屋です。うすべり一枚ない板の間に、人ばなれした十八人が、寝るでもなく起きるでもなく、虫のようにごろごろしているありさまは、ほんとうに生き地獄のようでした。
「刺されたという男は、どこでござる」
「あれじゃ。あのすみのこもの下がそうでござる。いま外へ運ばせますゆえ、ちょ
前へ
次へ
全38ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング