った今がんがんとやかましくがなってきたのに、なにを急にめそめそやるんだよ。寒にあてられたのかい」
「あっしが泣いたからって、いちいちそうひやかすもんじゃねえんですよ。悲しいのはあっしじゃねえんだ。こう暮れが押しつまっちゃ、人づきあいをよくしておかねえと、どこでだれに借銭しなくちゃならねえともかぎらねえからね。そのときの用心にと思って、ちょっとおつきあいに泣いたんです。あれをご覧なさい、あれを――」
「…………?」
 いぶかしいことばに、起きあがって、指さした庭先を見ながめると、しょんぼりとたたずんでいる人影が見えました。
 はかま、大小、素はだしに髪は乱れて、そのはかまも横にゆがみながら、なにかあわてふためいて必死とここへ駆けつけてきたらしい様子が見えるのです。
「お牢屋《ろうや》同心だな!」
「そ、そ、そうなんですよ。ちらりと見たばかりでホシをさすたアえれえもんだね。あの、だんな、ご親類ですかい」
「腰にお牢屋のかぎ束をぶらさげていらっしゃるじゃねえか。いちいちとうるせえやつだ。ご心配そうにしていらっしゃるが、何か起きたのかよ」
「起きた段じゃねえんだ。しかじかかくかく、こいつとても
前へ 次へ
全38ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング