ったぞ。いつまでたっても、だんなの知恵は無尽蔵だね。やあい、人足! 人足、江戸一あしのはええ駕籠屋はいねえかよ!」
 飛び出した声の騒がしさ。右門の知恵も時知らずに無尽蔵だが、伝六の騒々しさも時知らずです。まもなく仕立てた駕籠に乗ると、名人はなぞのひとそろいをたいせつにうちかかえながら、ひたすらに一石橋へ急がせました。

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 呉服後藤に金座後藤、橋をはさんで向かい合っているふたりの後藤が自慢の金で掛けた橋だから、五斗と五斗とをあわせて一石橋と名がついたというお江戸名代の橋です。
 この橋たもとに、総格子《そうこうし》六間の間口を構えて、大奥御用呉服所と染めぬいた六間通しののれんが、堀《ほり》から吹きつける風にはたはたとはためきながら、見るからにいかめしい造りでした。
 もちろん、お客も町人|下賤《げせん》の小切れ買いではない。城中お出入りの坊主衆、大奥仕えの腰元お局《つぼね》、あるいはまたお旗本の内室といったような身分|由緒《ゆいしょ》のいかめしいお歴々ばかりなのです。
 駕籠を乗りつけて、ずいとはいっていくと、黙って名人は八丁堀目じるしの巻き羽織をひねってみせました。

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