用の品でした。
「しようがないのう。こいつも中でなにかまごまごしているな」
はいってみると、うなぎの寝床のような長いお組屋敷のいちばん奥の一軒の前に、小腰をかがめて必死に力み返っている男があるのです。
だれでもない伝六でした。近づくまえに足音を聞きつけたとみえて、まっかに血走った目をふりむけると、ほっとなったように呼びたてました。
「もうしめこのうさぎだ。門のまえに、伝六ここにありと目じるしの十手をさしておきましたが、ご覧になりましたかい」
「見たからここへ来たじゃねえか。何を力み返ってにらめっこしているんだ」
「女、女! 怪しい女を一匹このうちの中へ追い込んだんですよ」
「お高祖頭巾《こそずきん》か!」
「そう、そう、そのお高祖頭巾なんですよ。お番所をさきに洗ってこの北鳥越へ回ってきたらね、だいじな死骸を盗まれたといって大騒ぎしていたんだ。ひょいと見ると、このお組屋敷の門前を変な女がちらくら走っていやがるからね、夜ふけじゃあるし、ちくしょうめ臭いなと思ったんで、まっしぐらに飛んできたら、このうちの中へすうと消えたんだ。だんなに知らせたくも知らせるすべはなし、一歩でもここをどいて逃
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