です。
「変なやつだな。また何か始めやがったかな……」
半刻がすぎ、一刻がたつ、いつのまにか屋の棟《むね》の下がる丑満《うしみつ》もすぎて、やがてしらじらと夜が明けかかったというのに、いかにも不思議でした。足音はおろか、伝六の姿も影もないのです。
不安がにわかにつのりました。
しかし、やはり姿はない。
からりと夜が明け放れました。
だが、まるで糸の切れた凧《たこ》です。
日があがりました。
しかし、依然として帰ってこないのです。
不安はいよいよつのりました。いかな伝六にしても、いまだになしのつぶてという法はない。
何かあったにちがいないのです。
寝もやらず、身じろぎもせず不安と不審に首長くして待ちきっているとき、とつぜん、ばたばたと、ただならぬ足音が表の向こうから近づきました。
「伝六か!」
「…………」
「たれじゃ! 伝六か!」
「いいえ、あの、北鳥越の自身番の者でござります」
意外にも駆けこんできたのは、ゆうべ死体の始末をつけさせたあの北鳥越自身番の小者なのです。
名人の声が飛びました。
「何をあわてておるのじゃ!」
「これがあわてずにおられますか! やられ
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