ました。
鉦《かね》もきこえるのです。
鈴の音も、笙《しょう》篳篥《ひちりき》の音も、そうかと思うと太鼓の音がどろどろどんどんと伝わりました。
なんの祈祷《きとう》か、祈りがもう始まっているらしいのです。その音をたよりに、名人は一歩一歩と八方へ心を配りながら、拝殿近くへ忍び寄りました。
同時に、ぴかりと目が光った。
張りめぐらしてある幔幕《まんまく》に、あの三蓋松《さんがいまつ》の紋どころが見えるのです。
つるしてある大ちょうちんにも同じ紋が見えるのです。
「におってきたな。出るな! 出るな! 飛び出して姿を見られたら、あとの手数がかからあ。こっちへ隠れてきなよ」
影を見とがめられないように身を隠しながら、拝殿へ近づくと、回廊にそっと上がって、やみの中から目を光らしました。
ぼうとぶきみにまたたいている燈明のあかりの下に、楽人たちの姿は見えるが、肝心の信者の姿は、舟で消えたあの女たちの姿は、ひとりも見えないのです。
「じれってえね。どこへもぐりやがったろうね」
「黙ってろ」
目まぜでしかりながら、息をころして身をひそませていたその目のさきへ、ぽっかりと内陣の奥から人影が浮き上がりました。
女です。船宿の裏で見かけたあの金持ちの後家らしい大年増でした。何がうれしいのか、厚ぼったいくちびるに、にったりとした笑《え》みを浮かべて、目が怪しく輝き、その両ほおにはほんのりとした赤みが見えました。
追うように、そのあとからもう一つぽっかりと、同じ内陣の奥から人影が浮きあがりました。
やはり女です。
同時でした。伝六がつんとそでを引いてささやきました。
「ちくしょうッ、あれだ、あいつだ。たしかに、あのお高祖頭巾《こそずきん》の女ですぜ」
「なにッ、見まちがいじゃねえか」
「この目でたしかに見たんです。年かっこう、べっぴんぶりもそっくりですよ」
いかさま年は二十七、八、髪はおすべらかしに、緋《ひ》のはかまをはいて、紫|綸子《りんず》の斎服に行ないすました姿は、穏やかならぬ美人なのです。
肩を並べて拝殿横の渡殿までやって来ると、魅入るような目を向けて大年増に何かささやきながら、暗い裏庭へ送りこんでおいて、合い図のように渡殿の奥をさしまねきました。
同時に、いそいそと渡殿を渡りながら出てきた影は、たしかに十七、八のあのういういしい下町娘です。
待ちうけながら、同じ魅入るような目で笑いかけると、何が恥ずかしいのか、ぱっとほおに朱紅を散らした娘の肩をなでさするようにして、すうとまた、いま出てきた内陣の奥へ消えました。
「ふふん。とんだお富士教だ。おいらの目玉の光っているのを知らねえかい。おまえにゃ目の毒だが、しかたがねえや。ついてきな」
とっさになにごとか看破したとみえて、むっくり身を起こすと、ちゅうちょなくそのあとを追いました。
内陣の裏には、奇怪なことにも、小べやがあるのです。
杉戸が細めにあいて、ちかりとあかりが漏れているのです。
しかも、小べやのうちにはなまめいた几帳《きちょう》があって、その陰からちらりと容易ならぬ品がのぞいているのです。
夜着とまくらなのでした。
「たわけッ。神妙にしろッ」
がらりとあけると同時です。
すさまじい啖呵《たんか》の突き鉄砲をやにわに一発くらわせました。
「むっつりの右門はこういうお顔をしていらっしゃるんだ。ようみろい!」
えッ、というように緋《ひ》のはかまがふり向きながら、あわてて夜着を几帳の陰に押しかくそうとしたのを、
「おそいや! たわけッ、ぴかりとおいらの目が光りゃ、地獄の一丁目がちけえんだ。じたばたするない!」
血いろもなくうち震えている娘をはねのけるようにしてまずうしろへ押しやっておくと、ぬっと歩み寄ってあびせました。
「化けの皮はいでやろう! こうとにらみゃ万に一つ眼の狂ったことのねえおいらなんだ。うぬ、男だな!」
「何を無礼なことおっしゃるんです! かりそめにも寺社奉行《じしゃぶぎょう》さまからお許しのお富士教、わたしはその教主でござります。神域に押し入って、あらぬ狼藉《ろうぜき》いたされますると、ご神罰が下りまするぞ!」
「笑わしゃがらあ。とんでもねえお富士山を拝みやがって、ご神罰がきいてあきれらあ。四の五のいうなら、一枚化けの皮をはいでやろう! こいつあなんだ!」
ぱっと身を泳がせると、胸を押えました。
乳ぶさはない。
あるはずもないのです。
身をよじってさからおうとしたのを、
「じたばたするねえ。もう一枚はいでやらあ。こいつアなんだ」
草香流片手締めで締めあげながら、ぱっと斎服をはぎとりました。三蓋松《さんがいまつ》のあの紋が下着に見えるのです。
「幔幕《まんまく》も三蓋松、これも三蓋松、大御番組のあき屋敷に脱ぎ捨てた着物の紋ど
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