かに大川を上へ上へとのぼりました。
 つづいてまたひとり。
 これは二十二、三のあだっぽい鉄火者でした。
 あとから女がまたひとり。
 入れ違いに、やはり女がまたひとり。
 最後に出てきた女は、まさしくどこかのお屋敷勤めの腰元らしい中年増《ちゅうどしま》です。
 名人右門の目は、電光のように輝きました。
 いってらっしゃい。ごゆっくりどうぞ、と意味ありげにいった声も奇怪です。出てきた七人が七人ともに女ばかりだったのも奇怪です。
 そのうえに、舟はいっせいに上へ上へと前後して川をのぼりました。
 しかも、舟にはしめなわが張ってあるのでした。
 船頭の腰にもまた奇怪なことにしめなわが見えました。
 船頭!
 船頭!
 首尾の松につるしてあったのも、まさしくその船頭なのです。
「舟だ。急いで一丁仕立てろッ!」
「がってんでござんす」
 車輪になって伝六が見つけてきた二丁艫《にちょうろ》の伝馬《てんま》に飛び乗ると、
「あの七艘じゃ。見とがめられぬよう追いかけろッ」
 ぴたりと舟底に身をつけて、見えがくれにあとを追跡しました。
 それとも知らず、七艘の不思議な舟は、不思議な女をひとりずつ乗せながら、艫音をころして岸伝いにひたすら上へ上へと急ぎました。
 永代橋をくぐって新大橋、新大橋をくぐって両国橋、やがてさしかかってきたのは、なぞのあの五人をつるしてあった首尾の松です。
 十日の月が雲をかぶって、大川一帯はおぼろ宵《よい》の銀ねずみでした。
 前後しながらのぼっていった奇怪な舟は、その首尾の松へさしかかると、七艘ともに、するりと舳《へさき》を右へ変えて、そこの横堀《よこぼり》を奥へ、ぐんぐんと進みました。
 右は松前|志摩守《しまのかみ》、左は小笠原《おがさわら》家の下屋敷、どちらを見ても、人影一つ灯影《ほかげ》一つ見えない寂しい屋敷ばかりで、突き当たりはまた魔の住み家のような、広大もない本所お倉の高い建物なのです。
 突き当たって右へ折れると、舟のはいっていったところがまたいかにも奇怪でした。寺のようにも見えるのです。お宮のようにも見えるのです。見ようによっては御殿のようにも見えるのです。その不思議な建物の中へ、右の水門から一艘、左の水門から一艘というふうに、時をおいては順々に姿を消しました。
「はてね。お待ちなさいよ」
 しきりと首をひねっていたが、たまには伝六も金的を射当てることがあるのです。
「あれだ、あれだ、この建物アたしかにお富士教ですよ」
「えらいことを知っているな。どこで聞いたんだ」
「七つ屋ですよ。質屋のことをいや、だんなはまたごきげんが悪くなるかもしれねえが、床屋と質屋と銭湯と、こいつア江戸のうわさのはきだめなんだ。こないだ一張羅《いっちょうら》を曲げにいったとき、番頭がぬかしたんですよ。世間が繁盛すると、妙なものまでがはやりだすもんです。近ごろ本所のお蔵前にお富士教ってえのができて、たいそうもなく繁盛するという話だがご存じですかい、とぬかしたんでね。御嶽《おんたけ》教、扶桑《ふそう》教といろいろ聞いちゃおるが、お富士教ってえのはあっしも初耳なんで、今に忘れず覚えていたんですよ。本所のお蔵前といや、ここよりほかにねえんだ。まさしくこれがそのお富士教にちげえねえですぜ」
「どういうお宗旨だかきいてきたか」
「そいつが少々おかしいんだ。お富士教ってえいうからにゃ、富士のお山でも拝むんだろうと思ったのに、心のつかえ、腰の病、気欝《きうつ》にとりつかれている女が参ると、うそをいったようにけろりと直るというんですよ」
「道理でな、女ばかりはいりやがった。それにしても、ご信心のお善女さまが、遠い川下の船宿からこっそり通うのがふにおちねえ。まして、夜参りするたアなおさら不思議だ。どこかにはいるところはねえか捜してみな」
 しかし、どこにもない。あっても、門はぴしりと締まって、水門から消えた舟もはいったきり、その水門もまたぴたりと締まって、へいをのり越えるよりほかに、中へ押し入る道はないのです。
「めんどうだ。猿《えて》のまねをしてやろうぜ。船頭、舟をあの横の石がきへつけなよ」
 ひらりと飛びうつると、えっとばかり気合いをころして身をおどらせながら、築地《ついじ》づくりの高べいへ片手をかけたかとみるまに、するするとぞうさもなくよじのぼりました。その足につかまって、伝六もよたよたとよじのぼりました。
 中は予想のほかに広いのです。
 拝殿らしいのが前にひと棟《むね》。
 内陣とおぼしき建物がその奥にひと棟。
 渡殿《わたどの》、回廊、社務所、額殿《がくでん》、祓殿《はらいでん》、それに信者だまり、建物の数は七、八つも見えました。内庭にはまた水門から堀がつづいて、船頭たちはどこへ姿を消したか、ぬしのないしめなわ舟がなぞのごとくに見え
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