盗み出し、あまつさえ同じ枝にまたぶらさげてあったというのは、さらに不思議です。
「よしッ。すぐに参ろう。ご苦労じゃが、駕籠のしたくさせてくれぬか」
 うちのるや、ひたひたと一足飛びに走らせました。

     3

「じゃまだ、じゃまだ。道をあけな!」
「御用|駕籠《かご》なんだ。横へどきな!」
 景気をつけていっさん走りに急ぐ駕籠にゆられながら、名人もしきりと先を急ぎました。
 どう考えてみても、こんな不思議はない。目も放さずちゃんと見張っていたのに、その目の前で死体が紛失したというのも不思議です。それが五体ともに、またゆうべと同じ松、同じ枝につるしてあったというのは、さらに奇怪です。あまつさえ、伝六が出たっきり帰らないというのも、不思議のうちの不思議でした。
「まだ柳橋へかからぬか」
「珍しくお急《せ》きですね。もうひとっ走り――、参りました! 参りました! ちょうどいま柳橋ですが、これから先はどっちでござんす」
「北鳥越《きたとりごえ》じゃ。自身番へやれッ」
 何はともかく、ゆうべのいつごろ、どんなふうにして盗み出されたか、それを詳しく洗ってみるのが事の第一です。
「あッ。ようこそ。面目ござりませぬ。たいせつな預かりものを、とんだ不始末いたしまして、お会わせする顔もござりませぬ」
 土色に青ざめて、うろたえ騒いでいる小役人たちに迎えられながらはいっていくと、むだがない。ゆうべそのうえに死体を置いたらしく、いまだに敷いたままである新むしろの位置から小屋の出入り口、表の通りの路地のぐあい、いちいちとまず注意深く見しらべました。表の出入り口は北鳥越町の通りに面して、油障子が二本。むしろの敷いてあるところはその出入り口をはいったすぐの左土間です。
 土間につづいて八畳敷きの詰め所とその横に寝べやが並び、詰め所の奥に湯沸かし場があって、ここにもう一つ障子一枚の出入り口があり、外は表の通りからちょうどかぎの手になっている行き止まりの袋路地でした。
 しかも、その袋路地がただの路地ではない。右側には新光院という寺の裏べいがずっとつづき、突き当たりは大御番組、御書院番組の広い御組屋敷が並んで、いかにもものさびしいところなのです。
「なるほどのう。よしよし、細工するにはかっこうな場所じゃ。知っておること残らず申せよ。死体はあのむしろの上へ置いたであろうな」
「さようでござります」
「ゆうべいたのは、ここにいるおまえら四人きりか」
「いいえ、六人でござりました」
「あとのふたりはどこへいった」
「あちらをもう一度おしらべなさいますようなら手をつけてはならぬと存じましたゆえ、首尾の松のほうを見張らしてござります」
「六人ともみな夜じゅう起きていたか」
「いいえ、一刻替わりに寝てもよいことになっておりますゆえ、三人ずつ入れ替わってかわるがわる起きていたのでござります」
「なくなったのは、いつごろじゃ」
「九ツそこそこでござりました」
「そのとき起きていたのは、だれだれじゃ」
「てまえと、この横のふたりでござります」
「しかと見ている前で紛失したか」
「そうでござります。三人ともこの目を六ツ光らしておりましたのに、ふいっと消えてなくなりましたゆえ、みなして大騒ぎになったのでござります」
「よう考えてみい。キリシタンバテレンの目くらましでもそううまくはいかぬぞ。何か不思議があったはずじゃが、その近くに怪しい者でもたずねてこなんだか」
「いいえ、怪しい者はおろか、不思議なことなぞなに一つござりませぬ。ゆうべのうちにこの自身番へ来たものは、あとにもさきにも女がたったひとりだけでござります」
「なに、女! いつごろじゃ!」
「死骸《しがい》のなくなるちょっとまえでござります」
「それみい! そういうたいせつな言い落としがあるゆえ、きいているのじゃ。女はどんなやつだ」
「いいえ、その女は何も怪しいものではござりませぬ。年のころは二十七、八でござりましょうか。お高祖頭巾《こそずきん》で顔をかくした品のよいお屋敷者らしい美人でござりましてな。この裏の大御番組の柳川様をたずねてきたが、気味のわるい男が四人ほどあとをつけていて離れぬゆえ、追っ払ってくれと駆けこんできたのでござります」
「どこからのぞいた。裏か、表か!」
「あの裏口からでござります。のぞいてみると、なるほど四、五人、路地の奥に怪しい影が見えましたゆえ、三人してちょっと追っ払ってやっただけでござります」
「よし、わかった。アハハ、しようのないやつらだのう。追っ払って帰ってきたら、死骸がとっくになくなっていたろうがな」
「そうでござります。ついさきほどまでちゃんとあったのに、もう見えませなんだゆえ、にわかに騒ぎだしたのでござります」
「あたりまえだ。いつまで死骸が残っているかよ。六つ目玉を光らしているま
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