宅といいたいような広大もない住まいでした。
その広い庭の中を通りがかりに、建仁寺垣《けんにんじがき》のすきからひょいとみると、人影がある。
女です。
切りさげ髪に、紫いろの被布を着て、今をさかりに咲きほこっている菊の中を、しゃなりくなりとさまよっている様子は、まさしく当のご後室でした。
だが、いかにも変な女なのです。
たしかにホシとにらんだお高祖頭巾の女は二十七、八のべっぴんといったのに、伝六のしてやられた男も同じ二十七、八ののっぺりとしたやさ男だったというのに、これはまた似てもつかぬ四十すぎの大年増《おおどしま》なのでした。そのうえに肉はでっぷり、顔は寸づまり、押せばぶよんと水気が出そうなほどにもあぶらぎって、どんなにうまく化けたにしても、とうていやさ男なぞに化けきれるような女ではないのです。
「ちくしょうめ、さあいけねえぞ。鯨の油につけたって、いちんちひと晩でこうはこやしがきかねえんだ。くやしいね、急にまた空もようが変わりましたぜ」
「ちっとあぶら肉が多すぎるな」
「おちついた顔をしている場合じゃねえんですよ。たしかにこの隠宅へあの三蓋松《さんがいまつ》のひとそろいを届けたというからにゃ、首尾の松の首っつりもこの家のうちに根を張っているにちげえねえんだ。お城御用まで承る後藤の店でうそをつくはずはねえ。乗り込んで、ひと洗い洗ったらどうでござんす」
「やかましい! だれだッ。そんなところでがんがんいうやつあ!」
そのとき、ぬっと門わきの下男べやからのぞいた顔がある。
三十四、五のふてぶてしい男でした。後藤の店で話した若党にちがいないのです。
伝六の目から、当然のごとくに火が飛びだしました。
「がんがんいうやつたア何をぬかしゃがるんだ。人を見てものをいいねえ! うぬアこのうちの下っぱか!」
「下っぱならどうだというんだ。これみよがしに十手をふりまわしているが、うぬア、不浄役人の下っぱか!」
「野郎。ぬかしたな! 不浄役人の下っぱたアどなたさまに向かっていうんだ。詮議《せんぎ》の筋があって来たんだ。うぬのうちア三蓋松か!」
「知らねえや。とちめんぼうめ! かりにも法眼《ほうげん》の位をいただいたおかたさまのご隠宅なんだ。うぬらごとき不浄役人の詮議うける覚えはねえ。用があったら大目付さまの手形でも持ってきやがれッ。ふふんだ。ひょうろく玉めがッ」
「野郎ッ。
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