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 つりさげた着物へぺったりと張りつけておいて、さっさと引き揚げていくと、すぐその足でやっていったところは軒並びのもう一軒の越後屋でした。
 ここに泊まっているのは三十五人。
 着替えを出させて、手に触れた二枚を同じようにつりさげながら、同じ文句の残し書きをしておくと、ふり返りもしないのです。
 そのまま駕籠にゆられて、すうと八丁堀へ引き揚げました。
「バカをするにもほどがあらあ。伝六のこわいおじさんもねえもんだ。あっしがいつ、あんな約束をしたんですかい」
 帰りつくと同時に、さっそく早雷が鳴りだしました。
「あやまったならあやまったと、すなおにいやいいんだ。だんなだっても神さまじゃねえ、たまにゃ手を焼くときもあるんだからね。あんな着物におしろいのにおいがついているかどうか、あっしゃにおいもかいだこたアねえんですよ。伝六に罪をぬりつけるつもりですかい」
「うるさいな、王手飛車取りの珍手をくふうしろといったから、注文どおりやったのじゃねえか。がんがんいうばかりが能じゃねえや。たまにゃとっくり胸に手をおいて考えてみろい。あの着物四枚はどの子どものものだか知らねえが、ああしておきゃ、あの
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