ります」
 無作法なかっこうで奥から出てきた若い者の鼻先へ、ずいと受け取りをつきつけながら、名人が鋭く問いかけました。
「この受け取りは、おまえのところでたしかに出したか」
「どれどれ。ちょっと見せておくんなさいまし。――ああ、なるほど、うちから出したものに相違ござんせんよ」
「変だな」
「何がでござんす?」
「駕籠屋が受け取りを出すという話をあまり聞かぬが、どうしたわけだ」
「アハハ。そのことですか。ごもっともさまでござんす。あっしのほうでもめったにないことですがね。じつア、あの米屋さんのご新造ってえのが、とても金にやかましい人なんでね、だから、つかった金高を女房に見せなくちゃならねえんだから、ぜひに受け取りをくれろと増屋さんがおっしゃったんで書いたんですよ」
「いつだ」
「けさの夜明けでござんす」
「なに! けさの夜明け! 乗ったは米屋のおやじか!」
「さようなんでござんす」
「一両二分もどこを乗りまわした!」
「それがじつアちょっと変でしてね。ゆうべ日が暮れるとまもなくでした。今からお寺参りするんだから急いで来てくれろというんでね。夜、お寺参りするのもおかしいがと思ってお迎えにい
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