には長い竹ざおを持っているのでした。飛び出してさっと馬の行く手に立ちふさがると、舌を巻きたいほどにも機転のきいた少年なのでした。パカパカと矢のように駆け近づいてくる馬の鼻さきめがけて、手にしていた青竹をひゅうひゅうと打ちふりました。
「な、な、なにするんだ! どきな! どきな! けとばされたらあぶねえじゃねえか!」
「おじさんこそあぶないよ。馬を止めてやるんだ」
「バカいうない! おらに止まらねえものが、おまえなんぞに止められてたまるもんか! そら! そら! あぶねえじゃねえかよ」
その声の終わらぬうちに、ぴたりと馬が止まったから不思議です。
「へえ……偉いね、ちんぴら。止まったね」
「止まったろう。おじさんみたいなしろうとが乗るもんじゃないよ、あぶないからね……」
「何いやがるんでえ。おれがしろうとだかくろうとだか、おまえ知らねえじゃねえかよ」
「知ってるよ。おじさんは伝六のおじさんだろう」
「いやなことをいうね。どうして、おらが伝六のおじさんだってえことを知ってるんだい」
「知ってるから知ってるんだよ。だから……だから……」
ふいっと顔を伏せると、不思議な少年は、とつぜんぽろぽろと涙をおとしながら、しくしく泣きだしました。おどろいたのは伝六です。
「ど、ど、どうしたんだ。気味のわるい子だな、おまえは。おらが伝六のおじさんだからって、なにも泣くこたアねえじゃねえかよ」
「悲しいんだ。悲しいから泣くんだ。早くちゃんを助けておくれよ」
「なに、ちゃん? ちゃんがどうしたというんだ」
「かあやんが、かあやんがな、けさふろおけの中で死んでたんだ。だから、ちゃんが下手人だといって、おなわにされたんだよ」
「さあ、いけねえ! えらいことになりゃがったな。いってえ、だれがおなわにしたんだ」
「顔にいっぱい穴のあるお役人だよ」
「なにっ、あば敬か! ちくしょうッ、さあ、いけねえぞ! さあ、いけねえぞ! いってえ、そりゃいつのことなんだ」
「たった今なんだよ。けさ起きてみると、かあやんがいつだれに殺されたか、死んでたんだ。だから、うちじゅう大騒ぎになって、近所のつじ番所へ知らせにいったら、どこできいたか顔に穴のあるそのお役人がすぐはいってきてな、ふたことみこといばっておいて、いきなりちゃんになわをかけてしまったんだ。ちゃんは、おらのちゃんは、そんな鬼のちゃんじゃねえ。だから、だから、おじさんたちに助けてもらおうと思って、いっしょうけんめいにここへ飛んできたんだよ」
「どうしてまた、おじさんたちがここにいるのを知ってたんだ」
「だって、きょうは半日じゃないか。半日には右門のおじさんがお馬のおけいこに来るはずだから、来れば伝六のおじさんもしかられしかられいっしょに来ているだろうと思ったんだ。はじめはおじさんがだれだかわからなかったけれども、馬がへただったから、へたならきっと伝六のおじさんだろうと気がついて、走るのを止めてやったんだよ」
「あけすけと、よぶんなことをいうねえ。きょうはへただが、じょうずな日だってあるんだ。だんな、だんな。だんなはどこですかい! 一大事ですよ。今度は掛け値のねえ一大事なんだ。だんなはおらんですかい?」
「やかましいや。ここにひとりおるじゃないか。よく目をあけてみろい」
いつのまにかうしろへやって来て、ちゃんともう何もかも聞いたと見えるのです。じろりと少年の姿を一見したかと見るまに、たちまち右門流が飛び出しました。
「おまえ、うちは米屋だな」
「あ、そうだよ。そこの細川|長門守《ながとのかみ》さまのお屋敷向こうの増屋《ますや》っていうお米屋だよ」
「女のきょうだいがあるな」
「ああ、妹がひとりあるよ」
「へへえ。おどろいたもんだね――」
珍しいことではないのに、たちまちお株を始めたのは伝六です。
「毎度のことだから感心したくねえんだが、ちっとあきれましたね。目に何か仕掛けがあるんですかい」
「あたりめえだ。南蛮渡来キリシタンのバテレン玉ってえいう目が仕掛けてあるんだよ。子どもの着物をよくみろい。米のぬかがほうぼうについているじゃねえか。足もよくみろい。女の子のぞうりをはいているじゃねえか。だから、米屋のせがれで女のきょうだいがあるだろうとホシをさしたのに、なんの不思議があるんだ。米つきばったのようなかっこうをしてへたな馬をけいこするひまがあったら、目のそうじでもやんな。右門のおじさん行ってやるぞ、先へ飛んでおいき!」
ひゅうとむちを鳴らして、馬をお馬場の向こうへ追い返しておくと、まっしぐらに駆けだした少年を道案内に立てながら、その場に米屋へ向かいました。
2
道のりにして四町とはない。小さな米屋だが、米屋に相違ないのです。騒ぎを聞きつけたか、店の表は駆け集まった町内の者たちがわいわいとひしめき合
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