ったら、米屋のあのおやじさんが、鍬《くわ》を一丁と重そうなふろしき包みを一つ持ってお乗んなすったんですよ。はてなと思って、肩にこたえる重みから探ってみると、どうもふろしきの中は小判らしいんです。小判に鍬はおかしいぞ、お寺へ行くのはなおおかしいというんで、相棒と首をひねりひねりお供していったら――」
「どこのお寺へいった!」
「小石川の伝通院の裏通りに、恵信寺《えしんじ》ってえいう小さなお寺がありますね、あのお寺の寂しい境内へ鍬とふろしき包みを持ってはいって、しばらくあちらこちらのそのそ歩いていた様子でござんしたが、まもなくまたふた品を持ったままで出てきて、変なことをおっしゃるんです。どうもこの寺じゃあぶない、どこかもっと寂しいお寺へやってくんな、とこういうんでね。今度は本郷台へ出て、加賀様のお屋敷裏の新正寺ってお寺へ乗せていったんですよ。ところが、そこでまたあっしどもを門前に待たしておいて、米屋さんたったひとりきり――」
「鍬《くわ》と小判を持って境内へはいったか!」
「そうでござんす。同じように、あちらこちらをのそのそやっていたようでしたがね、まもなくまたふた品を持ったままで出てくると、やっぱりあぶない、もっとどこかほかの寺へやってくれろというんでね、今度[#「今度」は底本では「今年」]は浅草へいったんでござんす。ところが、そこのお寺もやっぱりいけない。川を渡って本所へいって三カ寺回ったが、そこもいけない、いけない、いけないで、神田へまた舞いもどってきたら、とうとう夜が明けちまったんですよ。こっちもきつねにつままれたような心持ちでござんしたが、米屋のおやじさんもぼんやりとしてしまって、鍬と包みを背負いながらにやにや笑っていらっしゃるからね。何がいったいどうしたんでござんす、といってきいたら、いうんですよ。顔なじみのおまえたちだから打ち明けるが、あんな無理をいう女房ってえものはねえ。この金をどこか人に見つからねえところへこっそり埋めてこいといわれたんだが、江戸じゅうにそんなところがあるもんけえ。どこもかも見つかりそうであぶねえところばかりじゃねえか、とこういってね、この受け取りを作らせてお帰んなすったんですよ」
 右門の目がきらりと光りました。
 米屋のおやじ弥五右衛門の身辺を包んでいた不審の雲はからりと晴れたが、はしなくも、ここに今、新しい不審がわいてきたのです。
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