捜し求めている彫りはないのか、ひと渡り見しらべてしまうと同時に、名人のおもてには明らかな失望の色が現われました。
いやそればかりではない。出たかと思うとまたはいり、はいったかと思うと熱い中へじっとつかって、なかなか名人が上がらないのです。
「かなわねえな。そんなに欲をかいてなんべんもはいったからとて、なんの足しにもならねえんだ。またあしたの朝来ればいいんだから、とっととお上がりなさいよ」
そろそろと鳴りだした伝六をしりめにかけて、出たかと思うとまたはいり、はいったかと思うと黙々とつかりながら、しきりに来る客、来る客と入れ替わり立ち替わりやって来る朝湯の客の背中を調べつづけました。三人、五人と、彫りのある背中が見えたが、しかし捜し求めているいれずみは容易に見当たらないとみえて、かれこれ一刻近くになるのに、まだ上がらないのです。とうとう伝六がゆでだこのようにふらふらとなりながら音をあげました。
「物にはほどってえものがあるんだ。あっしゃ朝湯のけいこをするために生まれてきたんじゃねえんですよ。あっしをゆで殺す了見ですかい!」
「でも、さっき出がけに、おまえ、たいそうもなく大口をたたいたじ
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