り、向こうは寺島、隅田《すみだ》とつづく閑静も閑静な雛《ひな》の里《さと》です。
「では、おだいじに……」
「ああ、ご苦労さん。ふたりとも無事に着いたと、おやじさまたちによろしくいっておくれ」
「へえへえ。かしこまりました。奥さま、かさを! かさを! おかさを忘れちゃいけませんよ。もう今夜から天下晴れてのご夫婦ですもの、なかよく相合いがさでいらっしゃいまし……」
 お供の駕籠屋たちは、出入りの者らしい様子でした。かさをさしかけられて、はじらわしげに駕籠から出てきたのは、雪娘ではないかと思われるほどにも色の白い十八、九のすばらしい花嫁でした。つづいて、うしろの駕籠から出てきた男は二十三、四。――一見してだれの目にも新婿《にいむこ》新嫁《にいよめ》と見えるうらやましいひと組みです。
 相合いがさに見える文字を拾っていくと、日本橋本石町薬種問屋林幸と読めるのでした。
 しかし、雨は遠慮がない……。
 ザアッ、ザアッと、けたたましく降り募って、しぶきの煙が川一面にもうもうとたちこめながら、さながらに銀の幕を引いたかのようでした。お客はその相合いがさのぬしがふたりきり……。
 しぶきの中をゆさゆ
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