、みるみるうちにうるみました。
「ご心中、ほろりとなってござる。よくわかりました。気になるのはお冬どののこの先、どうあっても娘のままお手元におくおつもりでござるか」
「いいえ! いいえ! 今になりましては、もうあの子のしあわせが第一、夫婦仲はどんなでござりましたでしょう。あれがもとで、なんぞいさかいでもありませんでござりましょうか。それが、そればかりが心配でござります……」
「よろしい! その心ならば、今すぐ向島の寮へ参られよ! しかじかかくかくであったと、そなたから正直にお打ちあけなさらば、かえって夫婦仲がむつまじゅうなりましょう。行きまするか!」
「行きまする! 参りまする……!」
「伝六ッ。駕籠《かご》だ。用意をしておやり!」
「ちゃんともう」
「そうか。気がきいたな。では、お秋どの、お早く! 送ってしんぜましょう」
「あい」
 とばかり泣きぬれて、美しい姉の姿は、駕籠の中へ消えました。とみるまに、真夏の真昼の町をゆさゆさ揺れながら遠のきました。――うるんだまなこで見送りながらいったことです。
「伝六、なんだかいいこころもちだな……」
「ちげえねえ。どうでござんす、もういっぺんお昼の朝湯にへえって、たこになりましょうかね」
「ごめんだよ。夏場の酢だこは身の毒だとさ」
 柳の葉かげをくぐって遠のいていく越後上布のうしろ姿が、心憎い涼しさでした……。



底本:「右門捕物帖(四)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:菅野朋子
2000年2月24日公開
2005年9月23日修正
青空文庫作成ファイル:
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