らでござんす」
「なに! かわいかったから?――ほほうね。じゃ、ねたみ心からじゃなかったんですね。あんたはその年でおひとり身、お冬さんは年下なのに、うれしいおめでたごとになったんで、女心のねたましさから、ついふらふらと何かじゃまを入れたんじゃないかと思いましたが、そうじゃなかったんですね」
「とんでもない。ただもう、ただもうかわいかったからなのでござります。と申しただけではご不審にお思いでござりましょうが、ご存じのように、わたくしどもは母のない姉妹、それゆえに自身の身が年とるのも忘れ、ただもうあの子がいじらしさ、かわいさに、いくつかあった縁談も断わりまして、きょうが日までこのわたくしが手しおにかけてきたのでござります。さればこそ、あの子にこのたびの縁談がありましたときにも、だれよりわたしが喜んで、したくのこと日取りのこと、みんなわたくしがめんどうをみたんでござりまするが、女の心というものはわれながら解せませぬ。だれよりも喜んでおりながら、式の晩になってお化粧をしてやろうと、いっしょにあの子とお湯を使っておりましたら、急にあの子を人手に取られるのが惜しくなりたのでござります。こんなかわいい娘を、こんな美しい妹を、知らぬ他人にとられたらと思いましたら、もう矢もたてもたまらなくなりまして、――魔がさしたのでござりましょう、こうやって、ああやって、こっそりいれずみをしたら、一生わたしのそばから離れまいと、ついあのようなそら恐ろしいことをしたのでござります」
「どういうわけじゃ。いれずみしたら一生離れまいとは、どうした子細じゃ」
「喜七なぞとはもともとありもしない人の名、そのありもしない人とさもさも契り合いでもしたように見せかけて、二の腕へあのような彫り物をしておけば、今度の縁談も式をあげた日のうちに破れて生娘のまま帰ってまいりましょうし、こののちともあの彫り物がじゃまをして二度とお嫁の口がかかるまいと、ただただあの子がかわいい一方から、あさはかなことを考えまして、だれともわからぬように栄五郎さんを呼びよせ、にんにく灸で眠ったところを、喜七いのちと障子の穴から彫らしたのでござります……」
なぞからなぞへ、怪奇につづいた朱彫りのいれずみの陰には、意外な秘密がひそんでいるのです。しかも、そのすべては、聞くも涙ぐましい姉心から根を生じ、つるを伸ばしていたのです――右門の目がしらは
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