いて、ゆっくり語らうこともできないところからして、こうして人世離れたこの寮へのがれて、しみじみと新婚の夢を結ぼうというのでした。
ザアッ、ザアッと、また通り雨……。
ふたりきりになってしまうと、この雨までがなかなかふぜいがあるのです。
「おまえ、胸がどきどきしているんじゃないかえ」
「あんなことを……」
「なんだかこうそわそわとして、へんにうれしいね」
「そうですとも! ええ、ええ、だれだってうれしいもんですよ」
そこへばあやが無遠慮に顔を出すと、無遠慮に促しました。
「ちょうど上かげんでございます。情が移ってようござんすからね。仲よくごいっしょにおはいりなさいまし」
「よかろう! どうだい! おまえはいるかい」
「でも……」
「だいじょうぶ。だれも見ちゃおらんからはいろうよ」
「…………」
「恥ずかしいことなんかありゃしないよ。ね、ばあや。それが夫婦じゃないか。いっしょにはいったって、おかしくないやね」
「ええ、ええ、そうですとも! これがおかしかったら、おかしいというほうがおかしいですよ。ここの寮のお湯殿は、とても広くてせいせいしておりますからね、仲よくふたりで水鉄砲でもして遊ぶとようござんすよ」
もじもじしていたが、人目のない寮の湯殿ということが、新嫁の心をそそのかしたとみえるのです。うっすらと顔を赤らめながら、やがてお冬も立ち上がると、新婿のあとから湯殿の中へ姿を消しました。
しかし、ほとんどそれと同時でした。
「ばあや! ばあや! たいへんなことになったよ! ばあやはどこだ!」
幸吉がまっさおになって湯殿から飛び出してくると、なにごとが起きたか、うろたえながら叫びました。
「大急ぎだ。だれでもいい! すぐにだれかお使いを呼んできておくれッ」
「ど、ど、どうしたんでございます! 奥さまが何かおけがでもしたんでございますか」
「そんなこっちゃない! もっとたいへんなことなんだ。早くだれか呼んでくりゃいいんだよ!」
いぶかりながらまごまごしているばあやの目の前へ、帯もしめずにすそ前を押えたままでおろおろしながら出てきたお冬の顔をみると、どうしたというのか、まるで血の色もないのです。
「何がいったいどうあそばしたのでございます」
「おまえの知ったこっちゃない! 呼んでくりゃいいんだ! 早くお行き!」
「はいはい、参ります! 参ります! 近所といっても
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