に心配させねえように、早く帰んなよ」
 駕籠を飛はして目ざしたのは、お冬の生家大西屋です。

     5

 なるほど、本石町は左右両側一面の薬屋でした。その中で大西屋は指折りの大家ででもあるのか、間口だけでも六間近く、店の者も番頭手代小僧まで合わせると二十人近くはいそうなのです。ずいとはいると、鷹揚《おうよう》でした。
「奥へ通るぞ」
「あの、ちょっと、どなたさまでござります、薬のご用ならこちらで承りまするが、何品でござりましょう」
「これ、勇吉、何をそそういたしまする!」
 早くも見つけたか、やさしくしかっていそいそと出てきたのは、姉娘のお秋らしいしとやかな美人です。目に憂いがあって、どことなく寂しい面ざしでしたが、なかなかのしっかり者とみえて、目ききもたしかでした。
「失礼なことを申して、なんでござります! だんなさまのあの巻き羽織が目につきませぬか。とんだ無作法をいたしました。なんぞご密談でも?」
「少しばかり。そなたがお秋どのか」
「さようでござります。父はちょっと他出いたしましてただいま不在にござりまするが、御用でござりましたら、この秋が代わって承りまするでござります。奥へどうぞ」
 応対のさわやかさ、物腰のしとやかさ、一糸の乱れもない。母代わりとなって妹弟ふたりを育ててくれたとお冬がいったのも、なるほどとうなずかれるのです。
 導き入れた一室は、ちり一つない奥の広やかな客間でした。
「なにから何までがべっぴんだね」
「はい……?」
「いいえ、用のあるのはあっしじゃねえ。だんなえ、ぼんやりしていちゃいけませんよ。こういうご大家へ来ると、伝六はからきし板につかねえんだ。小さくなっていますからね。はええところ虫干しでもおせんたくでも、遠慮なくおやりなせえよ」
 ことごとに鳴り場所を見つけてはいらざる口を出す伝六には取り合おうともしないで、いつも忘れぬあの右門流です。まずじろじろと座敷のうちの器具調度、ひととおりのものに鋭い目を向けました。お冬の慶事がどんなに盛大であったか、その夜のはなやかさを今も物語って、床の間には数々のお祝い物がうず高く積んであるのです。
「おめでたがござりまして、なによりでござったな」
「おかげさまで……お用談はそれについて何か……?」
「さよう。なぞが解けるまではちと他聞をはばかるが、血を分けたお姉御ならばさしつかえもあるまい。お冬
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