見えるのです。
「客があるぞ。鉄火な女だな」
「おどろいたね。げたを見ただけで、そんなことがわかるんですかい」
「目玉が違わあ。こんなことぐれえわからねえんでどうするんだ。脱ぎ方をみろ。小笠原《おがさわら》流にも今川流にも、こんな無作法な脱ぎ方はねえや。この鼻緒ならばまず年のころは二十一、二、あっちへ一方、こっちへ一方横向きにゆがんで脱いであるぐあいじゃ、気性もあっちへ一方、こっちへ一方、細かいことのきらいな鉄火ものだよ。いま彫っているさいちゅうにちげえねえ。いずれおまえのことだから、女の膚でも見りゃぽうっとなるにちげえあるめえが、のぼせて変な声を出しちゃいけねえぜ」
 下か、二階か、土間にたたずんでけはいを探ると、どうやら仕事場ははしご段の上らしいのでした。
 案内も請わず、ぎしぎしと鳴らしながら上がっていって、静かに障子をあけながらじろりとのぞくと、まさにそれは奇怪な絵模様でした。洗い髪、二十一、二のいかさま鉄火ものらしい若い女がなやましくもすべすべとした全裸体を惜しげもなくそこへさらしながら人魚のごとく長々と横たわって、むっちりと盛りあがった肉の膚に、吸いつけられでもしたかのごとく伊三郎がのぞき込みながら、一心不乱に針を運ばせているのです。振り返りもせず、見向こうともせず、さながらちくちくと女の膚へ針を刺すことが、たえかねる快楽ででもあるかのように、うっすらと気味のわるい薄笑いすらも浮かべながら、せっせと彫りつづけているのでした。
「ね……ちくしょうめ、胸がどきどき変な音をあげだしやがった。なんだか憎らしくてたまらねえね」
「黙ってろ」
 目顔でしかりながら、じっと針の先の動くのを見ていると、図がらは男の生首、しゅうっと血糸を引いて、その血糸の吹き出しているしたたりにせっせと朱をさしているのです。
 同じ色だ。身ぶるいの出るようなその朱の色こそは、けさてんぐぶろで見たあの色と、ゆうべお冬の二の腕で見たあの色と、寸分たがわぬ朱色でした。
「おやじ」
「…………」
「伊三郎!」
「え……? ご見物ですか。若いおかたが、こういうところを見ちゃいけませんね。二、三日眠れませんぜ」
 おどろくかと思いのほかに、じろりと見返したきりで、針の手を休めようともしないのです。変わり種の名人はだがそうさせるのか、千人彫りの秘願といったその念願がそうさせるのか、まるで伊三郎は魂を奪
前へ 次へ
全24ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング