ら、そろりそろりと着物をぬぎかけました。
おどろいたのは伝六です。なにごとかと思われたのに、目の前でとついだばかりの新嫁《にいよめ》がとつぜんはだを見せようというのです。栃《とち》のように目を丸めて、一大事とばかりかたずをのんだその鼻先へ、お冬は火のようにほおを染めながら、恥じに恥じつつ、上半身の玉なすはだをあらわにさらしました。
同時に目を射たのは、その二の腕に見える奇怪ないれずみです。
「ほほう。なるほど、これでござりまするな」
うちうろたえて名人の出馬を求めた子細と秘密は、じつにその怪しきいれずみなのでした。名人がいとわしげに心の進まなかった子細もまたこれがため、よしや求められたことではあろうとも、夫以外に犯してならぬ新妻《にいづま》のはだをまのあたり見ることが心苦しかったからなのです。
しかし、事ここにいたってはもうちゅうちょはない。
じっと見ると、ごく小さいいれずみではあるが、いかにも変わった趣向の、いかにもみごとな彫りでした。雪とも思われる白い膚へさながら張りつけたようなたんざく型の朱をさして、まぶしいほどにも澄み渡ったその朱いろの中から、喜七いのち、という五文字が地膚そのままにくっきりと白く浮きあがっているのです。
「なかなか珍しい彫りでござるな。書面によると、当人も知らなかった、そなたも知らなかった、だれも知らなかった。だれも知らぬうちに彫られたとあったが、ほんとうか」
「ほんとうとも、ほんとうとも、そのとおりでござります。いいえ、この幸吉が神にかけてお誓いいたしまする。実を申せば、てまえとこれなる冬は町内どうしで、小さいうちから知った仲でござりました。浮いたうわさ一つあるでなし、夜ふかし夜遊び一つするでなし、隠し男はいうまでもないこと、町内でも評判のほめ者ござりましたゆえ、親たちも大気に入り、てまえも心がすすんでゆうべ式をあげ、天にものぼるような心持ちでここへやって参り、うちそろうていましがたお湯を使おうといたしましたところ、はしなくもこのいれずみが目に止まったのでござります。てまえもぎょうてんしましたが、当人の冬は気を失わんばかりにおどろきまして、知らぬことじゃ、覚えないことじゃ、だいいち喜七という男がどこの人やら、それすらも心当たりがないと申しますゆえ、ただごとならずと、さっそくにだんなさまのところへお願いの書面さしあげたのでござりま
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